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毎日が日曜日
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2008/05/16(Fri)
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学生時代から映画が大好きで、連れ合いとのデートでも何度も映画館に足を運びました。
あの頃は今みたいなシネコンはまだ日本にはなく、指定席もなかった時代。 人気のある作品や単館系やアート系の作品を上映している劇場では2時間あまりを立ったまま観ることもよくあることでした。 なにかの時には趣味は映画鑑賞、と書いていた私。 いつの間にか、見る側ではなく参加したい、と強く願うようなって、 人間、心に念じていれば希望はかなうものなんですね、柄にもなく『強気のはったり』で面接をクリアして気がつけば業界の端っこにいました。 右も左もわからない真っ白な状態から、段々に業界用語を覚え、しきたりを身につけ、映画の配給と上映してくれる映画館との関わりを覚えていきました。 映画の入場料金のほとんどは歩合で配給会社が手にしていること。 映画館の収益を左右するのはその大部分がフード・ドリンク・グッズの売り上げであること。 映画本編の前にスクリーンに映し出されるCMや予告編を「先付トレーラー」ということ。 その先付トレーラーには上映される本編との絡みでいろんな制約があること。 配給と映画館との力関係でいくら望んでも上映することを許可できない、また上映してもらえない作品があること。 お客様の入り(入場者数)を「あたま」、興行収入(映画の料金売り上げ)を「あし」ということ。 劇場のことは「小屋」、その経営者のことは「小屋主さん」と呼ぶこと。 上映時間は「尺(しゃく)」ということ。 いまの映写機のシステムでは上映途中トラブルがあっても元に戻ってトラブル前の場面に戻って流すことはできないこと。 他の業種では考えられないことだけど、映画業界ではお互いの配給作品の成績(あたまとあし)をライバル配給同士で毎日やり取りしていること。 昔は映画会社の依頼で監督や脚本家が書いた本をもとに映画にしていたことが多かったけれど今では製作のほとんどにテレビ会社などが出資していて映画会社の意思のままには作品が作りにくくなっていること。 イギリス映画が全編を通して空がいつでも重い感じがするのは天候の変わりやすい国なので最初からトーンを落として撮影してること。 シネマコンプレックスが日本に上陸し、配給会社が次々とシネコン経営に乗り出して、一時期低迷していた日本の映画人口はこの十数年で一気に増加し、今は飽和状態でぼつぼつ淘汰が始まっています。 若い頃に行ってた映画館もいくつかは姿を消してしまいました。 映画産業が再び盛り上がり、興行の世界のおもしろさ、その博打性の怖さを見続けてきた時間は生き生きと楽しく、熱気あふれる仲間に囲まれて、気がつけば社の中枢に入り込んでいました。 外資の会社なので勤務はフレックス、自分の仕事さえこなせれば勤務の体制は自己管理でいい、逆に言えばそれだけ自己責任で動かなければいけない会社でした。 そう、「でした」です。 昨年の初夏の頃からなんとなく体調が思わしくなく、それまでのような勤務がつらくなってきていました。 京都から地下鉄とJRを乗り継いでの大阪までの時間と距離がつらくなり、はつらつと仕事をこなしていくことがつらくなり始めていました。 周りの同僚に迷惑をかけたくない、中途半端なことをしてお給料をもらうことは自分が納得できない。 家に帰っての家事がおろそかになり連れ合いに甘えることが増えていきました。 二人だけの家族、家事といってもたいしたことではないのですが通勤帰りの電車の中から「調子悪い」と連れ合いにメールして帰るなりベッドにもぐりこむことも一度や二度ではなくなって、このままでは家も仕事もだめになる、と退職を決意したのは去年の秋でした。 自分なりに退職の時期を来春と決めてその日から逆算して段取りをつけ、ボスに報告し後任の募集、面接、研修と続けて予定通り、今年の3月末に最後の出勤をしました。 有給の関係で先月までは社に籍があったのですが、それも5月に入って正式に退職の手続きをしておしまい。 気がつけば「無職」の私がここにいます。 後任の方の研修を続けているとき、時々寂しくて(そのデスクは私のなのに……)と今更自分が決めたことが悲しくなりかけたり、事情を知った職場の同僚から「もったいない」といわれるたびちょっと落ち込んだり。 大好きで、私の居場所で、生きがいだった場所へ、今はもう行くこともありません。 出勤しなくなってから、朝、目が覚めると(仕事に行かなくていいんだ)というほっとした思いがあり、気がつけばあれほどつらかった倦怠感や胃の痛みや頭痛がいつの間にか薄らぎ消えかかっています。 今までよりゆっくり丁寧に家事ができる、庭の花もゆっくり世話できる。 読みたかった本も読み放題。 けれど、その反面、(このまま家でのんびりしてていいのかな)という思いも段々膨らんできて自分と社会とのつながりがなくなることが気がかりにもなってきています。 のんびりと過ごす時間に、安心と焦燥を覚えながら、(もう一度、何かができるだろうか)と滑走に向けて思案する毎日です。 |
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お詫びと訂正
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2008/05/14(Wed)
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みなさま、ごめんなさい! m(__)m 紫 |
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