スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
そんなはずじゃ・・・・・・
2008/09/11(Thu)
前回の記事の中に出てくる「組曲 チコタン」

私の中では“小学校の合唱”定番曲という認識で、
きっとブログを読んでくださった皆様の中で8割くらいの人はご存知だろう、と思っていたので
頂いたコメントの全てが「この歌、知らない」は、びっくりです。

興味を持ってすでにチェック済みの方もいらっしゃるかと思いますが
You Tubeに曲があったのでUPしますね。

関西弁でちょっとインパクトのある内容です。

では、ご覧ください。





いかがでした?

感想、聞かせてくださいね (^^♪

スポンサーサイト
この記事のURL | ひとりごと | CM(41) | TB(0) | ▲ top
あなたは歌った?
2008/09/10(Wed)
今日は嬉しい到来物。



果物はほとんどなんでも大好き。
毎朝、果物と豆乳を混ぜたジュースを大きなグラスにたっぷりと。
今の時期なら豆乳に混ぜるのは、梨・バナナ・キウィ・桃・葡萄など。
ほかに人参などの野菜を混ぜることもあります。

9月になってもまだまだ暑いな、と思っていても
晴れた日もねっとりと身体にまつわりつくような空気を感じなくなって、庭の植物たちも息を吹き返したようです。

槿が咲き、春から咲き続けているペチュニアも真夏の元気のなさを忘れたように勢いよく花数が増えています。

春に我が家に仲間入りした蓮華升麻



先々週あたりから花が咲き始めました。
ちょっとピンボケです (^_^;)

閑話休題

先日、連れ合いが「なんでかなぁ・・・  なんでかなぁ・・・」となにやらつぶやいていました。
私は思わず「♪ なんでかな~、なんでかな~、」と歌いだしました。
「なんでかな? なんでかな?なんでチコタン 好きなんかな?
なんでこないに 好きなんかな?
チコタン チコタン チコタン チコタン    」

調子よく歌っていると連れ合いが「なんや、それ?」
どうやら私が口からでまかせ歌っていると思っている様子です。

「えーーーーーー! しらんの? 『組曲・ちこたん』
 小学校の合唱コンクールの定番やろ?!」

そこから私は一人高らかに『組曲・ちこたん』を歌いながらこの楽曲のストーリーを説明
しました。

かちゃかちゃとキーをたたく音が聞こえて
「ほんまや! あるわ。 ほんまにあるわ」と、連れ合い。

だから! なんで私が嘘ついてまで口からでまかせの歌、唄わないかんねん!

「組曲 ちこたん」
小学校の頃、合唱コンクールでクラスで歌いました。
この曲、全編関西弁で小学生の男の子の初恋を歌ったものです。
ラストがすごくかわいそうなストーリーになっていて、みんなで合唱しながら
(小学校の合唱コンクールでこんな歌、うとてええんやろか?)と思ったのを覚えていま
す。
感受性の強い子供の心にこの曲はかなりのインパクトを残しました。
なので私は今でもこの曲をほぼ完璧に歌うことが出来ます。

いったい、全国でどれくらいの小学生がこの曲を歌ったんでしょう?
今でも合唱されているんでしょうか?

この記事のURL | ひとりごと | CM(16) | TB(0) | ▲ top
"When A Man Loves A Woman"
2008/09/05(Fri)
大切な曲がいくつかある。

初めて自分で買ったレコード。
若い日に傷ついて、夜中電気を消した部屋でヘッドフォンをかけて泣き声を押し殺して聴き続けた曲。
好きな映画の中で流れていた曲。
どれも今の私を作っている要素のひとつ。


春まで勤めていた会社から「復職を真剣に考えて欲しい」と話をもらってから1ヶ月。
最初に連絡をもらったとき「無理です」と断って、それでも何度か連絡を入れ続けてもらっていました。

自分ではよくよく考え納得したうえで退職を決めた6ヶ月間で、
研修と引継ぎの3ヶ月間で、
自分の中の会社への思いは完結したはずだったのに。

「復職」という話が出てから、夜、眠れなくなっていました。

ベッドに入ると自分でもなんだかよくわからない不安で押しつぶされそうになってこっそり涙を流す夜が続いていました。

自分で決めたことなのに、自分のなかに残る仕事への思いが自分で許せなくて、今でも会社に未練を残している自分が受け入れられなくて、夜になると涙がこぼれるのをとめられなくなっていたのです。

仕事をやめようと思う、初めて連れ合いにそう告げたとき連れ合いはあくまで私の意志が第一だから、としながらも最後まで「本当にいいの?」と心配してくれていました。

先日の夜もベッドに入るとまた涙がこぼれてきて、そのことに気づいた連れ合いにわけを尋ねられ、自分でもわけがわからないうちに泣きじゃくりながら気持ちを打ち明けていました。

会社が、仕事がすごく好きだった。
本当はあの場所に戻りたい。
また、あの仲間と一緒に働きたい。
戦闘服のようにタイトなスカートやハイヒールを身に着けて毎日を過ごしたい。
でも
体調不良で迷惑をかけること、弱みを見せることはしたくない。


自分でもどうしたいのかわからなくて混乱して、哀しくて、わけがわからなく不安な気持ちを子供みたいに泣きながら話しました。

「大阪に引っ越そうか?」

黙って背中をさすりながら聞いてくれていた連れ合いがとても優しい声でそういったとき、あまりにびっくりして涙はぴたりと止まりました。

そんなことをしたら今度はあなたが京都まで通うことになる、
そういう私に、僕なら大丈夫、ずっとじゃなくても君が本当に納得できるまで僕が電車通勤するよ、と言うのです。
暗闇の中で涙にかすんで見えた連れ合いの顔は今まで見たどんな表情より優しい顔でした。

そんなこと無理、絶対無理だよ、といいながらいつの間にか眠りに落ちていました。

翌日、翌々日、

それまで自分の心の中にずっとあったぼんやりと霞がかかったようなものが消えてすっきりと晴れた青くて高い秋の空のように澄み切っている気持ちでいることにふと気がつきました。

いままで長いこと、私は何を見ていたんでしょう。
すぐそばに私をこんなに心配してくれている人がいたのに
だまって私が苦しんでいるのを見守ってくれている人がいたのに
そんなことに気づきもしなかった。

もう大丈夫。
私のために「引っ越そう」といってくれた、その気持ちが嬉しくて、日がたつほどに心が温かくなっていく気がしています。

わたしはもう二度とあの場所へ戻りたい、と涙をこぼすことはないでしょう。

Percy Sledge の "When A Man Loves A Woman"
これも私の大切な1曲。


プレーヤーから流れるこの曲に合わせてゆっくりとステップを踏み踊った日を思い出します。



この記事のURL | ひとりごと | CM(30) | TB(0) | ▲ top
福田総理辞任  責任とはなにか
2008/09/01(Mon)
ほんの少し前、NHKのニュースを見ていたら福田総理が辞任する、というニュースが速報されびっくりしました。

前総理が辞任して後を引き受けてからわずか1年でまた内閣総理大臣が辞任する、という事態がどういうことなのか。
日本の政治を引っ張っていく与党自民党に何が起きているんでしょう。

全身を耳にして真剣に辞任の記者会見を聞きました。
けれど、私には福田総理の言っていることの意味が全く理解できませんでした。

自分では次の国会が乗り切れない。
最悪の事態を招く前に自ら辞任を決めた。
今辞める事が政治空白を作らないための一番いいタイミング。

なぜ?
なぜ、辞めないといけない、のか
なぜ、辞めたい、のか
いくら神経を集中して聞いていても具体的な答えは会見の中に見つけられませんでした。

このところ、事務所費の問題で騒がれている太田農水大臣は福田総理婦人の従姉弟だという。

この太田大臣の問題がニュースで取り上げられるようになった頃から我が家では

「福田さんも迅速な対応をしてこの問題の処理に当たらなければ危ないよね」

という会話がありました。
そして、突然の記者会見に、

「やっぱり太田の問題かな、やっぱり何かあるんだね」

と総理の意思表明後の記者質問を楽しみに見ていたのです。

ところが、国会記者クラブの面々から出てくる質問はどれもこれもありきたりで
なぜ今なのか、ということに言及する記者は一人もいませんでいた。

太田問題との関係について質問する記者は一人もいない、
公明党との間で辞任発表までにどのような話し合いがあったのか、

聞くたいこと、知りたいことを代わって聞いてくれる記者はいませんでした。

予想できたこととはいえ、がっかりです。
まるでなにかお約束があるのか、と思わせるほどの甘い追及です。

連れ合いは、『記者クラブ』というシステムの閉鎖性、排他性が悪い、と
記者会見を見て「何もわからない、どういうこと???」と半ば憤っている私に言います。

政治家としての、大人としての、責任ってなんでしょう。

今年の大河ドラマ『篤姫』の中で、ポイントとなる場面で、ポイントとなる人物が必ず

「それが役目にて」

という科白を口にします。

あまりにも理解しえない政治の世界。

これからの日本はどこへ行くのでしょう。
この記事のURL | ひとりごと | CM(26) | TB(0) | ▲ top
記憶の中で生きている科白
2008/08/23(Sat)
睡眠が足りているわけじゃないのになぜか眠れない。
ベッドに入って音楽を聴きながら軽いエッセイを読んでみたけれど眠ることをあきらめて結局、PCの前に座っているのです。
目は手にしている本のうえにあるのに、ちっとも頭に入ってこない、ただ書かれた文字の上を滑っているだけ。
気がつけば外で朝刊を配達するバイクの音がしています。

寝室の壁にはCDラックがあって


きっと夜中に大きな地震が来たら私はCDに埋もれて発見されるのでしょう、
連れ合いは職場の研究室にまだこれと同じくらいCDを隠し(笑)持っていて、いったい彼がリタイヤしてあのCDたちが我が家に帰ってきたらどうなるんだろう、という不安は、時々胸をかすめるものの、すぐに頭をぶるぶると横に振ってそんなことは考えないことにしています。

高校生のころ、好きだったアーティストのベストアルバムを買った私に、当時すごく仲良くしていた友達が「サボったらあかん」といったことを今でも妙にはっきり記憶しています。
「サボったらあかん」
つまり、いいところだけをつまみ食いするような聴き方・買い方をしないでもっと本気でそのアーティストに向き合え、ということを言われたのです。

これまで生きてきた時間の中で、心に強く、印象深く残っているシーンや言葉はいくつかあって、私の場合、そのときの事が後の生き方に少なからず影響を与えていたりするのですが、多分、そういう風に私に言ってくれた友達はそんなことを言ったことすらもう覚えていないのかもしれません。


今夜(と、言ってももう昨夜になってしまったけれど)とその前の夜と、二晩続けて外に出ていました。
昨晩は前の職場の上司と、そして今夜は同じく前の職場の仲間たちと。
同じ社の人と2日続けて、という予定になったのは全くの偶然の結果ですけれど。

大阪で映画関係の会社に勤めていたとき私はラッキーとも思えるほど上司に恵まれていました。
学生が先生を選べないのと同じように会社においては上司を選ぶことは部下にはかなわないことです。
当時、上司との折り合いが悪くて会社を辞めていく人を何人も見ながらいつも(私はなんて恵まれているんだろう)と思ったものです。

入社して数ヶ月、ある時、部署を変わって仕事しないか、と声がかかりました。
関西に出来たばかりの、西日本を統括する本部
そこの総責任者として着任された本部長の秘書をやってみないか、というお話でした。

何をどうしていいのかもわからないまま走り出した私を最初のボスは根気よく仕込んでくださいました。
いくつかの失敗をしながらもなんとか格好がつき始めたころ、発令が出て新しいボスがやってくることになりました。
昨晩食事をご一緒したW氏は、2番目に私が付かせていただいたボスでした。
私が出会った中でもっとも人間として尊敬でき、仕事とはどういうことか、を教えてくれた人でした。
今、東京とUSの本社を行き来しているW氏は関西へ仕事でこられると今でも都合がつく限り声をかけてくださいます。

実は1ヶ月ほど前から、以前に勤めていた会社のある事情から、「出戻ってこないか」というお話を頂いていて、
都合のつく限りでいいから出てこないか、というありがたいお話に、中途半端な気持ちで出戻ったら結局は迷惑をかけてしまうことになるから、と断りを入れていたのです。

多分、そのことを気にかけての「久しぶりに食事しましょう」とのお誘いだったのでしょうけれど、あからさまに「どうなの?」と問われることもなく、お互いの近況や元の職場の仲間の話などで楽しい夜になりました。

このW氏が昔、私に言ってくれたことがありました。
「また会いたい」と思われる人になりなさい、と。
いい人でなくてもいい、くせがあってもいい、失敗があっても、完璧でなくてもいい、
出会った人からまた会いたいと思ってもらえるような顔(生き方)を持ちなさい。
すごく難しい宿題を、一生かかる宿題を、私がどれだけ出来ているか、
それを確認するためにW氏は昨晩みたいに時々声をかけてくださるのかもしれません。

ボス、私は「また会いたい」と思っていただけてますか?
この記事のURL | ひとりごと | CM(42) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。