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最悪のタイミングで最悪の事態が起きる
2009/02/01(Sun)
このあいだお正月を迎えたと思っていたらもう2月になってしまいました。
子供の頃、あんなに長いと感じた時間はどこへ行ってしまったんでしょうか。

どうやら昨年あたりから自分の生活がいろんな意味で大きく変わっていく時期にさしかかっているような気がします。

この前記事を更新した直後、毎年の冬の恒例になっている「かにかにエクスプレス」に出かけました。
今年の行き先は城崎、マリンワールドの隣のホテルへ出かけてきました。
その画像を整理して記事をUPしようと思っていたのです。
そして、カニを食べにいったばかりだというのに、食いしん坊の私は焼肉が無性に食べたくなって、そう日も空けないで今度は焼肉屋さんへも出かけたんです。

ところが、焼肉を食べにいった翌々日の夜から激しい胃の痛みに襲われてすぐ近所の総合病院へ駆け込むことに。
最初診てくださったお医者様はあれこれと問診した結果、「焼肉屋さんで食べたユッケかも知れませんねぇ」と。

様々な検査をしました。
ほんとに弱ってるときに色々検査されるのはほんとにつらいですね。
必要なこととわかってはいても(お願いだからもう検査はいいです)といいたくなりました。

2日後、検査結果からはウィルスも細菌も見つからず、次に診察してくれたお医者様は「先日はユッケのせいでしょう、という診断をしたようですけれど、そうじゃないですね。
おそらく心因性のものだったんでしょう」
という判断でした。
白血球の数値が以上に高く、血液濃度が濃すぎる、という状態だったようです。
飽きるほどの点滴とお薬とでやっとなんとか症状が治まりました。

何かが起きるときってどうして何もかもがいっぺんに起こるんでしょう。
心因性、 確かにストレスのかかる日が続いていたかもしれません。



我が家は連れ合いの商売柄、普通のお宅に比べると本がとても多くて、仕事関係の書類の料も半端じゃなくて、前々から「もうぼつぼつ本気で考えないとね」と話し合ってはいたんですが、今の家の便利さや居心地のよさになかなか決心がつかずにいたんです。
最寄の北大路駅まで歩いてほんの数分、この界隈は大きなショッピング施設も、大きな病院も多く、生活するにはほんとに便利で暮らしやすいところなんです。
家も二人で暮らすには十分なスペースのはずでした。
しかも片側の隣は広い駐車場なので庭も日当たりが良くて植物を育てるのにはとてもいい環境だったんです。

ところが、その駐車場に建物が建つことになってしまいました。

「どっかいいところがあればねぇ・・・」と週末に入る不動産屋さんの広告やお店の前の物件紹介をなんとなく見ていたこれまでとは違って、本気で引っ越しを考え始めました。

ちょうどその頃、連れ合いが、「なんだか首の辺りが重いような嫌な感じがする」と言い出して。
まさか、心臓?と不安を抱きつつ検査をしてもらっていたのですが、嬉しくない予感が当たってしまい、狭心症との診断が下りました。
冠動脈の一箇所が狭窄していたんです。
時々、連れ合いは少し上りの坂道を歩くと息が切れていたのに、私はそれを運動不足のせい、と思っていたんです。

幸い、すぐにどうこう、ということはないとのことなので仕事に一区切りつけて手術することになったのですが、ニトロが手離せない生活を送らなくてはならなくなりました。

そんなタイミングの中で、「ここなら!」と思える家に出会ってしまいました。
2度、その家を見に行って、すっかり気に入ってしまったわたしたちは、きっと今が転居の時だったんだ、と、3月に引っ越しをすることに決めたのです。

その上、前々から3月に約1週間ほど、外国の法曹関係の施設での仕事をお受けしていて、「病気の事をお話して今回の件はお断りして」と連れ合いに頼んだのですが、お引き受けした仕事をキャンセルする気になれないんでしょう、大丈夫だからいく、と言うのです。

そんなこんなで、引っ越しの準備、連れ合いの病気の発見、海外への出張準備が一時に重なってしまいました。

人からは大胆であっけらかんとした典型的なO型タイプに見られがちな私ですが、実はすごく「気にしぃ」で、「あかんたれ」です。

なにごとも前向きに捉えて、次へのステップを考えていけないといけない、とわかってはいてもついついあれこれと考え込んでしまうのは困ったものです。

これからしばらくは落ち着かない時間が続きそうですが、とにかく連れ合いには時間を調整してもらい、少しでも早く手術を受けてもらわなくては。

そんなこんなで更新が遅れがちです。
どうぞよろしくお付き合い下さいませ。
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あんたが一番!
2008/12/21(Sun)

皆様から色々と気遣っていただいた南天君。
今日も元気で窮屈な住処をもろともせず成長を続けています。
中がどうなっているのか気になるので、今日はカバーの隙間を少しこじ開けて(汗)のぞいてみました。
すると、太く束ねられた電線に遠慮するように、隙間をくねくねと曲がりながら上へ上へと伸びていっているようです。

実は、この前、皆さんにこの南天を紹介してから、思い切ってちょっと動いてみました。
(思い切った割には小さな動きですが。)

まず、ご近所の奥さんたちと通りで立ち話になったときに
「あの南天、気付いてはります?」と話題にし、ご近所の反応を探ってみました。
「あんなとこに生えて迷惑やわ」と言う意見は幸いにしてありませんでした。
が、以外に皆さん無関心で (^_^;)
一人の奥さんなんて、
「南天って、ほっといてもどこにでも出てくるわねぇ、うっとこの道沿いにも前に勝手に生えてきたことあるわ、もう抜いてしもたけど」
と、あっさりおっしゃる。
・・・・・・ あ、だめか
ご近所一斉に南天君救出作戦決行、というもくろみはもろくも崩れ去りました。

次に、(これはかなり思い切りました)
NHKの地元局に、画像を添付してメールを送りました。
2日後、メールを受け取った、という返信メールがNHK京都放送局から届きました。
そして、担当番組にメールと添付ファイルはきちんと渡した、ということと、けれど、必ず取り上げることが出来るかどうかはわかりません、ということが書いてありました。

メールを送ってから5日ほどになりますが今のところ何の連絡もありません。
ので、きっと番組で取り上げられる、という希望も望み薄そうです。

まぁ、こうなったらあの南天君がもって生まれた運命を見守ってあげるしかないか、と最近は思うようになりました。

さて、今日は別のお話を。

先日、女性の仲間ばかり数人「忘年会をしよう」というで、大阪・梅田にあるホテルヒルトンの最上階のレストランのランチブッフェに行ってきました。
hiruton turi-

広いフロアの窓から、大阪の町が一望できます。
marubiru uekara

昔、梅田あたりでは背高ビルだった「丸ビル」、今では周りの背の高いビルに囲まれてちょっとかわいそうなくらいです。
この日はお天気がよくて、見晴らしも最高。

さすがにホテルのブッフェらしく、なかなかに上等なお料理がふんだんに準備されています。
hiruton naibu

予約をした時間にいってみると回りは女性だらけ。
ほんとに、昼間のこういう場所は女性あってこそ、商売が成り立ってる、という感じです。
ニュースでは不景気なことばかりが報道されていても、こういう場所にいるとまるでそんなことなかったことのよう。
いまや、グルメやレジャー産業は女性顧客によって支えられているといっても過言ではないでしょうね。

食事を始めてしばらくみんなで近況を報告しあっていたとき、A子が、

「えーーーっと、・・・ 我が家の父はのせてました」となんだか妙にテンション高く言ったのです。


一瞬、みんなぽかーーーん、とした後、


「あの・・・のせてたって、か・つ・ら?」


「そうです、我が家の父はかつらをのせてました」


その一言で、みんなは一斉に、


「えーーーーーっ!!」


そこからはもう、皆が矢継ぎ早に
「いつから?」
「なんでわかったん?」
「あんた、いままで気がつかへんかったん?」と、もう質問の嵐。

A子は40歳、独身で、3つほど下の妹はすでに結婚して今は両親と三人で暮らしています。

事の成り行きを聞いてみると

先日、A子の父が泥酔して友人に送られて帰ってきたときの事、

母の「A子ちゃーーん、ちょっと降りてきて助けて」との声に、すでにベッドに入っていたA子がばたばたと玄関に出て行くと、べろべろに酔っ払った父が知り合いに支えられてご帰還。


「もう、おとうさん、しっかりしてよ」と、ふと見ると、A子の父は額から血を流し、顔面流血でびっくり!
(ええっ、なにごと!!)とだらりと寝転がってしまった父を引きずり起こそうとしたそのとき、A子は父の頭が、いえ、頭髪が、ずれていることに気がついたそうです。


とっさにA子は今自分が見ているものが何か理解できなくて、すぐに自室に戻り、ベッドに入って、(おとうさん、血が出てたけど・・・ でも、髪、どう見てもあれはずれてた・・・ ずれてた・・・)とめまいがしそうになり、(これはきっとなにかの間違いや、もうなにも考えず寝てしまおう)と布団をかぶって眠ったんだそうな。

翌朝、食堂に下りていくと、おでこにテープを張った父が、何事もなかったようにパンをほおばり、その横で母も何事もなかったようにTVを見ながら朝ごはんをたべているのをみて、A子も、(実はなんだかわからず混乱したままの寝不足な頭で)いつものようにパンをかじり、仕事に出かけました。

その夜、父がまだ戻ってくる前に、と家路を急ぎ、一人夕食の仕度をする母の横に立って
「あの、あのさぁ、おとうさん、なんか夕べ、頭おかしかったやん? もしかしたら・・・」というと、母は人参の皮をむきながら平然と「あんたのお父さん、かつらやで」といったのです。


愕然としたA子、母親に
なんで?いつから?お母さんはしってたん?と聞いてみたところ、
A子の父は30年前、つまりA子が10歳のときからかつら生活に突入してた、とのこと。
お母さんはもちろん、最初から知っていて、自然のままのほうがいい、と反対もしたけれど無駄だったこと、A子だけには知られたくない、と父親が涙ぐましい努力をしてたこと、嫁いだ妹はとっくの昔に気づいてたこと、などを話してくれたそうです。

「今から考えるとおかしいなぁ、と思うようなことがいっぱいあったんや、 お父さんの部屋になんやしらん空き箱がずーーっとおいてあって、なんでこんな箱いつまでもおいてるんやろ、捨てたらいいのに、と思ってたけど、あれ、きっと入れ物なんや、寝るときからあれにしまってるんやわ。 それに、いつやったかお父さんの部屋に突然入ったらタオルを頭にのせてなんかあわててわけわからんこと言ってたこともあったし」
「お母さんに、お父さんのあれの下、どうなってんの?って聞いたら、お母さんもどうなってるかしらん、30年見てない、っていってた」などと、関西の女らしく、面白おかしく聞かせてくれました。
身内にのせてる人がいて、毎日一緒に暮らしてて、30年も気づかへん、っていうか、気づかさへん、ってすごすぎ! 吉本新喜劇の世界やなぁ、とみんな笑うやら、もっと聞きたがるやら。

そこで一人が「なぁなぁ、あんたまさかTさん(その日集まった女性全員の知り合いで、乗せてる男性)の事、お父さんの前で話したりしてないやろな?」といったのです。
するとA子、いかにも情けない顔をして、
「それやねん、まさかわが父がのせてるっておもわへんやん?、そやし、『会社のTさん、かつらやねんけど周りのみんなしってるねん、それでみんな、そんなん、のせんかてええのに、かえって気ぃつかうわ』とかいっぱいTさんネタをお父さんの前でしゃべってもた。」

はぁ~、みんな一斉にため息。

あんた、それはあかんわ。
お父さん、あんたにだけは知られたない、って30年頑張ってきはったんや、
考えてみ、真夏の風呂上り、どんなに暑いことやったか、
そら、おとうさん、なんぼかはずしたかったと思うで、そやけど、どんなときでもきちんとしてはったんや、並大抵の努力やないで。

みんなよその家のことだから、もう好き勝手言って、A子の家のネタで盛り上がること!

それにしても30年、一緒にいて気がつかないA子も鈍すぎ。
気づかれないでやってきたお父さんの努力を思うと、ちょっと下向いて肩震わせて笑いながらも
「おとうさん、あんたは偉い!」と。

この日の忘年会、こんなすごいネタ持ってきたA子の完勝に終わったことは言うまでもありません。

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言いなりです
2008/11/13(Thu)
洞爺湖畔の牧場を出た後、定山渓温泉を目指して車を走らせました。

信号もなくずっと続く一本道。
都市部以外の北海道の道はついついスピードが出てしまいがち。
地元のナンバープレートをつけた車がすごいスピードで走って行きます。

しばらく走ると突然、立派な建物が見えてきました。
ルスツリゾート。
スキー場や大きなホテルなどが路を挟んで両側に広がっています。
北海道では有名なリゾート地らしく、洞爺湖サミットの時にはプレス用の国際メディアセンターが置かれた場所だとか。
そういえば洞爺湖サミット関連のニュースで見た記憶が。
そうか、ここだったね。

その後、道はどんどん上って行き、後方に見えていた羊蹄山も見えなくなりました。
小さな温泉地の看板を横目に見つつ走っていると、レンタカーに備え付けられたカーナビが

「この先、5キロ以上道なりです」といった途端、ハンドルを握る連れ合いが

「この先、5年以上、言いなりです」

ぷぷっ。

思わず隣で噴出してしまう私。

笑っては黙り、しばらく黙っているとまた思い出して笑い、

そんなことを何度か繰り返しているうちに外はどんどん寒そうになり、道の両側には雪が見えるようになり、山を登りきったところで道の駅「望羊中山」。
中山峠、の言葉通り、この道の駅を挟んで道は上りと下りに分かれています。

広い駐車場に車を止めて外に出ると風がつめたくて思わず「さっぶぅ!」と声が出てしまいます。



ところどころに寄せられた雪。

ここの名物は「あげいも」なんだそうで、熱そうなジャガイモをはふはふ食べている人がたくさんいました。

トイレ休憩を終えて今度は山道を札幌方面に向けてぐんぐん下がっていくと1時間足らずでこの日の宿泊先、定山渓温泉に到着。

jouzankei kappa youkoso

定山渓温泉は河童がシンボルになっているらしく、河童公園や河童の像などが温泉地のあちこちにありました。

源泉が湧き出ている温泉公園の人工の滝

jouzankei onsenkouen


章月グランドホテルにチェックインして、さっそくお風呂へ。

岩風呂、ヒノキ風呂、露天風呂、蒸し風呂をゆっくりまわって、リラックスしたあとはホテル内のエステへ。
連れ合いはフットトリートメント、私はアロマボディトリートメントを施術してもらいました。
あぁ、極楽ごくらく。。。。。。

お部屋に戻ってまったりと窓からの景色を楽しんでいると
hoterukara  keikokunonagame

お料理が運ばれてきました。


ここの料理長は「料理の鉄人」にでたこともあるそうで、お食事はこの「料理長におまかせ」コースをお願いしていました。

まず運ばれてきたのがお品書き。

jouzannkei  osinagaki

食前酒に先付け

jouzankei tukidasi

氷にさされた竹の筒、中身は梅酒でした。
牛乳、生クリームなどで海鮮や野菜をいただくサイロ鍋はここの名物料理だそうです。

kamoto osasimi

合鴨のたたきとお刺身



あわびのウニ焼き

このあと、松茸ご飯とお味噌汁がでて水菓子

おなかいっぱいになってお部屋係りの女性にこのあたりの話を色々と聞きました。
9月の半ば頃、渓谷の紅葉がそれは見事だったそうで、ホテルも満室だったとか。

食べ疲れて横になってしまった連れ合いを残して私はもう一度大浴場へ。
ちょっとしょっぱい味のするお湯をもう一度ゆっくり楽しみました。
機能的で快適なホテルもいいけど、やっぱり温泉もいいなぁ。
日本に住んでいてよかった、と思う瞬間です。

明日は出発点の札幌に戻る、というスケジュール。
半分寝ぼけた連れ合いに、
「言いなりになってくれるのはこの先5年だけ?」と質問(詰問、のほうが正しいか?)

もちろん、「死ぬまで一生言いなりです」という返事をいただきました(笑)

『この先、5年以上、言いなりです』
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函館  夜のお楽しみ
2008/11/09(Sun)
このところ、生活時間がちょっとずれてしまっている私。
よくないなぁ・・・
今夜もこんな時間にPCの前に座っているのです。

さて、函館の続き、夜のお話。

散策を終えて一旦ホテルに戻って少し休憩。
この日の夕食はこの旅を思いついたときから予約していたお寿司屋さんへ。

ガイドブックに載っていた何軒かのお寿司屋さんをネットで調べてみると、
美味しい、というコメントも確かにいくつもあったけど、評判になって店が荒れている、というコメントも同じくらい目に付きました。
そうだろうなぁ。
ネットや京都本で取り上げられている有名店もそういうところ、多いもの・・・・・・

で、地元の人の評判がいいお寿司屋さんを探し回ってたどり着いたのが
常寿し』さん。
電話で予約したとき、こちらの連絡先も電話番号も聞かれなかったのでちゃんと予約できたのかどうか、ちょっと心配だったんですが。
(6時には満席になってしまう、との情報があったので)予約した5時半にお店に入りました。
「京都の○○です」と告げると「ああ、はい!」と。
安心、安心。 ちゃんと予約されていました(笑)

店内には地元の常連さんらしき先客さんが2組。
早速カウンターに通され、ネタケースをのぞきこみながら、
まずは大好きな「あわび!」
ぷりぷりで、美味しい!
隣に座っている常連さんが注文するネタを真似して
「穴子」「うに」
穴子は見たこともないような厚みと大きさ。
ふっくらと蒸した身を注文が入るとあぶって煮詰めを塗って。
口に入れるとそれはそれは美味しくて、うーーー、たまらん!
私がふだん目にする瀬戸内の穴子とは種類が違うそうです。
ウニも新鮮で形がとてもきれいで今まで食べたウニの中で一番美味しいくらい。
ホッキ貝、つぶ貝、イカ、珍しいよ、と薦められてイカの耳。
いくらの醤油漬けも関西で食べるのとは鮮度が全然違いました。
口の中でぷちぷちはじけてなんともいえない美味しさ。
赤貝、タコ、ボタンエビ、
次は何を、と迷っていると「いわしを食べてみなよ」と大将が薦めます。
「青背の魚はちょっと苦手で」というと
「絶対おいしいから。 絶対だよ」と。
そこまで言われたら食べないわけにはいかないでしょう。
で、食べました。
えっ? これがいわし?
全く臭みがなくて、身が厚くて、脂がのってて、びっくり。
思わず「おいし~」というと嬉しそうな大将の顔。
続けてカニ、ひらめ、とびっこ。

どれもこれも美味しくて、しかもネタが大きくてたっぷりです。
大好きな数の子を頼むと
「今の時期のは輸入もんだからやめときな」と握ってくれず、
トロ、の注文も「そんなもんはどこででも食べられるからお勧めできねぇ」と却下。
イカのクチを串に刺してあぶったのや白味噌のお味噌汁もいいお味でした。
「京都の白味噌は甘いだろう?北海道の味噌汁は白味噌だけど甘くねぇんだ」との言葉通り、こくがあっても甘みはなくて後口がさっぱりいしています。

もうこれ以上食べられない、というくらい食べて、最後にもう一度アワビを握ってもらってご馳走さま。

ネットでの情報どおり、6時を過ぎたあたりから地元の人たちでカウンターは満席。
評判どおりのお店でした。

満腹のおなかでよたよたと通りへ出てタクシーに乗り込み、本日のメインイベント、函館山へ夜景を見に出発です。

夏には海面の温度が上がって靄が出ることがあるそうで、夜景を見るには寒い季節のほうがいいそうです。
ロープーウェイに乗り込んで山頂へ、かなりのスピードで上って行きます。
幸い、町の景色がよく見える、窓際に陣取ることが出来たので段々と目の前に広がって行く夜景を楽しみながら山頂へ到着しました。

展望台から見える景色はため息が出るほどきれい。
この日は空気が澄んで、よく冷えて

hakodate yakei

いくら見ていても見飽きることがない、素晴らしい光のページェント。
周りの人たちもみんな歓声をあげ携帯やカメラで景色を切り取っています。

いつまでもその場にいたいと動かない私に連れ合いが「団体さんが上がってきたよ、帰りのロープウェイが混み合うからぼつぼつ下りよう」と促します。
名残惜しい気持ちを残してホテルに向かうタクシーに乗り込みました。
観光地のタクシーの運転手さんはどこでも大抵親切な方が多いものですけれど、ここ函館も例外ではなく、ホテルへの道すがら、港のレンガ倉庫街をゆっくりと、函館の町の歴史を話してくれながら送ってくれました。
函館を愛しているんだなぁ、という気持ちが伝わってきて、タクシーに乗っている間も良い気分でした。

さて、明日の朝は楽しみな朝市。
今夜は夜更かししないで早く寝なくちゃいけません。
ベッドサイドの目覚ましと、モーニングコールと、携帯のアラームと、
全部セットして、おやすみなさい。
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札幌~函館 昼の部
2008/11/08(Sat)
札幌に1泊した翌朝、特急スーパー北斗で函館へと移動しました。
車窓から見える風景はやはり普段見慣れた関西とは全く違って、楽しく、3時間20分あまりの乗車中、ずっと外ばかり眺めていました。

北海道の家は屋根が、とんがり帽子のような三角になっているか、全くフラットかのどちらかがほとんどで、三角屋根は雪が積もりにくいようになっているから、とすぐに思ったのですがフラットな屋根の家が多いのはどうしてなんだろう?と前日の新千歳から小樽への移動中、不思議に思っていました。
で、北海道の友達にそのことを聞いてみると、「あれはまっすぐに見えるけれど実は屋根は真ん中に向けて逆三角に傾斜が付いていて、屋根には雪を融かすシステムが設置されてるので水になって流れ降りてくるようになっている」と教えてくれました。
それで、この日はそれを「確かめたくて線路が少し高いところを走っているときは家の屋根ばかり眺めていると、友達の言うとおり、一見フラットに見える屋根は確かに中央部にいくほど傾斜がついていました。
こういう形状の屋根の家は関西では見ることがないのですごく面白いと感じました。

まもなく函館、という頃、駒ケ岳を背負った大沼と、小沼が列車の左右に。



小学生の頃の社会の授業で習った「大沼国定公園」
雄大で、面白い形をした駒ケ岳、広い大沼、美しい小沼に見とれていると20分ほどで函館に到着です。

まずは腹ごしらえ、(なんか食べてばっかり・笑)とホテルに荷物を預けてガイドブックでみたラーメン屋さん「星龍軒」へ。

お昼前なのに中は満員で、待つつもりでいるとわたしたちより少し年配のご夫婦が「こちらへどうぞ」言ってくださったので相席をさせていただくことにしました。
お話してみると地元の方で、「ここのラーメンはほんとに美味しいですよ、値段も安くてね、スープがなくなるとしまってしまうんですよ」とのこと。
程なく運ばれてきた塩ラーメン。



しこしこと硬めの麺に透明のスープがすごく美味しい。
あっさりしているのにこくがあって、連れ合いは最後の一滴まで完食していました。
おなかがいっぱいになって外に出ると10人ほどの列が出来ていました。

ホテルのフロントで買った市電の1日乗車券を持って五稜郭へ。


5分おきくらいに走る市電は町の人の便利な足になっているようです。

てっぺんが五角形になった五稜郭タワー



エレベーターで一気に上ると



星型をした城郭がきれいに見えました。
お天気が良くて遠くの景色まではっきり見られタワー内部をぐるっと一周、函館の町を眺めます。

五稜郭タワーは出来た当初、今よりは低くて最上階まで上っても五稜郭全体を見渡すことが出来なかったそうで、今の五稜郭タワーはより高く、継ぎ足し工事をしたんですって。

展望フロアにはガラス張りで地上を眺めることが出来る部分も。
goryoukaku garasugakowai

足がすくんでとてもこの上に立つことは出来ませんでした。

タワーを出て、五稜郭へ。
公園内を散策すると桜の大木や見事な藤の木がたくさん植えられていて、春にはさぞかし美しい景色が見られるのでしょう。

鳥たちがこぞってつい食んでいた木の実。
何の木でしょう?



紅葉の名残もまだ少しありました。



五稜郭から市電に乗って今度はベイエリアへ。

小樽もそうでしたけれど函館もこのあたりは坂が多くて、風情のある洋館がまだたくさん残っていました。
何度も大火に見舞われたせいで道路が整備され通りの幅が広いんです、と夜に乗ったタクシーの運転手さんが教えてくれましたが、それぞれに名前のついた坂はどこもまっすぐで広い道でした。

坂の上や途中には教会があちこち建っていて洋風の建築物とあいまって町全体がとてもすてき。

sakanouekara kyoukai

おなじみの八幡坂

hakodate hatimannzaka

函館のマンホール

hakodate mannho-ru

重要文化財に指定されている函館ハリストス正教会
キリスト教会の中で最古の歴史を持つこの教会、中に入ってみるとロシア正教の教会は独特の雰囲気がありました。



教会の庭にはこの季節まだこんな美しい薔薇。





夕方になると少し冷えてきました。
いったんホテルに戻って今度は夜の函館編です。
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