ワンコインの幸せ
2008/07/10(Thu)
北山通りから下鴨本通りを少し下がってきたところにお野菜と花を扱う小さなお店があります。
長い髪を後ろで束ねてひげを生やした若い人が二人でやっています。

おそらく、(と、これは私の勝手な憶測ですが)西賀茂あたりの農家で作られているんでしょう、無農薬の野菜を数種類置いています。
トマトやきゅうりやナスは畑で十分色付きました、といった風でいかにも美味しそうなんです。

壁のボードにはこのお店が野菜を納めている食べもん屋さんの名前がたくさん書かれていて、その中にはここでもご紹介したことがあるお店もいくつか名前が挙がっています。

お店の前には無造作に花をいれたバケツが並んでいて、季節の花があふれんばかり。




両手で抱えるほどの束。
家に帰って早速水揚げをしてあちこちの部屋に活けてまわります。




これは時代は詳しくわかりませんが朝鮮のもので、油壺として使われていたようです。
我が家にやってきたとき、お湯につけて油を抜いたのですが、それでもやっぱりこうして水を注ぐと釉薬を塗った肌のうえにねっとりと油がにじみ出てきます。




こっちはわりあい最近うちにやってきた備前。
隣に写っている鏡は連れ合いの両親が結婚して初めて買った鏡で、それを譲り受けました。




こうして画像にしてみると器と花の高さのバランスが悪いですが、まぁ、ご愛嬌ということで、白磁壷。




大のお気に入りの黒高麗にはグラジオラス。
グラジオラスにいけかえるまでは庭のなでしこを飾っていました。


どちらがお好みでしょうか?




草花文の染付けの壷にはこの色を選びました。
壷は李朝物、隣に写る孔雀文の皿は中国のものですが並べておいてもあまり違和感はないように思います。

これだけたっぷり楽しめて500円はお買い得。
家の中に花があるとそれだけで幸せな気持ちになれます。

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器のこと、花のこと、野菜のこと
2008/05/27(Tue)
先週 我が家に古備前の壷がやってきました。

東京・日本橋の古美術店からのご縁です。




たっぷりゆったりとしたおおらかな器形
斜めに入った火襷と灰をかぶった自然釉の具合もなかなかです。
元々は耳が3つ、ついていたようですが、完全なのは1つだけであとの二つは付け根の部分を残して取れてしまっています。

何に使われていたのでしょう。
種壷か、水や調味料を入れていたのでしょうか

大振りの花木を挿してあげたいと思いながら、なかなか花屋さんの店先でいい組み合わせになるような花を見つけられずにいます。

こちら李朝の膳、小盤(ソバン)の上の白磁壷には芍薬



この小盤にはここが定位置になっている伊万里の皿も飾っています。
図柄がちょっと珍しい、お気に入りの大皿です。

ところで、
玄関先のヤマアジサイが次々と花を咲かせ始めました。




小さいけれど愛らしい花(本当はガクですけれど)

アジサイは水が大好きな木。
今の時期、水遣りは薮蚊との戦いです。
どうも私は薮蚊に愛される体質らしく、ほんのちょっとした隙に血を吸われてしまいます。
今日も花殻を摘んでいるときに耳の付け根の後ろ側を刺されて、痛いしかゆいし、大変でした。

今年初めての挑戦の万願寺唐辛子は順調に育って、明日あたりにははじめての収穫ができそうです。




こちらは緑豆から作ったもやし




意外なほど簡単にできました。
根っこの掃除が大変でしたけど、しゃきしゃき歯ざわりが美味しくて売ってるスーパーのもやしとはまるで別の野菜のよう。
我が家のスプラウト生活は当分続きそうです。

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宋 元 と 高麗  大和文華館
2008/02/06(Wed)
会期も残すところわずかになった、大和文華館で開催中の

「宋 元 と 高麗  東洋古典美の誕生」 展 

にでかけてきました。

いつものように、奈良・斑鳩1Dayチケットを使って、京都市営地下鉄からそのまま、奈良へとでかけて行きました。

80あまりの展示品は、東アジアの美術に大きな影響を及ぼすことになる、宋や元、朝鮮半島の高麗の名品の数々。

主な展示物は陶磁器でしたが、数点、仏画や経文などもありました。

青磁や白磁の鉢や碗はいずれも繊細で美しいものばかり。
よくぞこんなに薄く、きれいな形にろくろをひける技術があったもの、と感心してしまう碗がいくつもありました。

その中の一つ、
黒磁金彩碗




天目のようにみえるこのお茶碗、
小ぶりですが、素晴らしい器形で、ところどころ、金が残っています。
定窯で作られたものです。
定窯ではこの黒釉の他に、白磁・柿磁が焼かれていたそうです。
高台が小さく、外へと広く反っていく形が美しかったです。


同じ黒でもこちらは黒高麗




どろりと重い感じの釉薬のかかり具合がやさしく、思わずさわってみたくなる感じ。
高さは40センチあまりです。
でも、こんなバランスの瓶、家にあったら怖くてお掃除出来ないでしょうね。

展示されている陶磁器はどれももちろん素晴らしいものでしたが
今回、私が興味深く見ることができたのは中国・明時代に描かれた
「文姫帰漢図巻」でした。

リンク先の遊行 七恵 さんの記事でも詳しく触れられていますが、
この絵に描かれている文姫とは蔡文姫の事。

蔡文姫は、後漢(25〜220年)晩期の人。幼少のころから利発で、博学多才、詩と詞、音律に通じていました。
 
父は、権臣王允の恨みを買い、無実の罪を着せられて殺害され、嫁入りした次の年に夫を亡くした文姫は、戦乱の中、匈奴によって河南の故郷から連れ去られ、匈奴の左賢王に嫁がされて12年を過ごし、2人の子をもうけました。
 
三国志でも有名な曹操は、北方を統一した後、よき友だった文姫の父、蔡ヨウを懐かしみ、彼の娘が不運であることを知って高価な贈り物を持たせた使者を匈奴のもとに遣わし、彼女を請け出したいと望みます。匈奴は蔡文姫の帰漢を認めますが、子供を連れて帰ることは許さしませんでした。文姫は悲しみをこらえて子供たちと別れるしかなかったのです。
 
その文姫が、子供との別れを悲しみながらも懐かしい漢の人の話す言葉を嬉しく聞き、
また、お金や高価な贈り物を受けとりながらも美しく教養あふれる妻を、涙で見送る左賢王などが生き生きとした様子で描かれていました。

充実した気持ちで外に出ると、美術館の建つ小高い山の中の梅林にはもうちらほらと梅が咲き、すがしく香しい花の香りが空気の中を漂っています。




春の桜も素晴らしいけれど、まだ寒いなかで香り高く咲く梅が私は好きです。

こちらは蝋梅




侘助椿もきれいに咲いています。




今年、わが家には4本の椿の苗木が仲間入りしました。

寒咲きアヤメなんて初めて見ました。




いつきてもここは花木が素敵に迎えてくれます。
上をみたり、下をみたりしながら山道を歩いていると、

ぼたっ、ぼたっ と音をたてて木の実が次々と落ちてきます。
ビックリして上を見上げると




わかりますか?
鳥が木の実をつついて食べるたびにたわわになった実のいくつかが私のすぐ側に落ちてきているのでした。

木にかかっている札を見ると「栴檀 (せんだん)」とあります。
5月から6月にかけてかわいいむらさきの花をつける木だそうです。

”栴檀は双葉より芳し”

の、栴檀は、この木ではなく、白檀の木のことだそうで、
白檀は別名、せんだん、といい、

栴檀は双葉より芳し  とは、
白壇は発芽の頃から早くも香気があるように、大成する人物は、幼いときから人並みはずれて優れたところがある

ということなんですって。

そうそう、帰り際、門のすぐそばでツツジが咲いているのを見つけました。

椿と梅とアヤメとツツジ、
一緒に見る事ができてちょっとうれしくなったお庭でした。








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悠久の時を超えて
2008/01/22(Tue)
中国

南宋から元が統治していた時代、と言えば13世紀でしょうか。

一昨日、わが家に仲間入りしてきたこの碗はその頃の作ではないか、とは
中国骨董専門の東京の古美術やさんのお話しです。




大きさは小服茶碗くらい、
酒器として使ってもよさそうです。

黒釉の上薬がかかった上に、黄土色の釉薬がかかっています。
見込みには草文のような柄が描かれ、素朴な味わいが気に入っています。

実際にはいつ頃のものか、ということを鑑定するのは難しいでしょうけれど、
古美術やさんの見るところがあたっているとすれば700年以上前のものということになります。

土の中にでもあったのでしょうか、
ほとんど無傷で、今、わが家にいることがほんとに不思議。
長い長い時間、この茶碗は何を見、どんな風に過ごしてきたんでしょう。

先日、図書館で偶然手にとった本。
思いの外、興味深くて一気に読んでしまいました。
(明け方までおきて寝不足のまま出勤する、というおまけつきでしたけど・笑)

元 NHKのディレクターをされていた、瀬地山澪子さんという方の著作、

      「利休  茶室の謎」  創元社

という本です。

今回、わが家にやってきたのは中国陶器ですが、
この本には日本の茶道の道筋を付けた 千利休 と 朝鮮との関りについての著者の考察がかかれています。

面白い本でしたので、機会があればぜひ、てにとってみてください。
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あっ おんなじやん
2007/12/01(Sat)
先日、新聞を読んでいた時の事。

1枚の写真とその記事が思わず目の中に飛び込んできました。

「似てるっ!」






富本銭や水晶納めたつぼ、藤原宮で出土・最古の宮殿地鎮遺構

 日本最初の都城、藤原京(694―710年)の宮殿である藤原宮を調査中の奈良文化財研究所は29日、宮殿のほぼ中心にある大極殿南門付近で、日本最古の貨幣、富本銭や水晶を納めたつぼが出土したと発表した。研究所は「藤原宮の造営時に地鎮のため埋めた」とみている。

 宮殿の地鎮遺構では日本最古。研究所は「現代に引き継がれる地鎮の起源が、藤原宮までさかのぼることを示す重要な発見」としている。

 つぼは直径約20センチ、高さ約14センチで、ほぼ完全な形。富本銭は口の部分に詰まっており、さびて取り出せないためエックス線CT装置で内部を透視したところ、9枚を確認。内部に長さ2―4センチ前後の六角柱状の水晶9点も見つかった。


                              ー11月29日 日本経済新聞よりー

ふむふむ。

この記事によると、既にこの頃から地鎮する、という神事(当寺は神事としてはしてなかったのか?)が執り行われていたわけか・・・・・・

宮を造るにあたり、その都と、人々の繁栄を願って、何に、という対象は別としても、祈りをささげる気持ちは昔も今も変わらない。
人間の、考えたりしたりすることって、何千年たったって、そう進歩することはない、って事ですね。

さて、この記事のなにが私の目を引き寄せたか、っていうと

以前にこのブログでも紹介したんですけど、わが家にいる(←こういう表現が、正しいかどうか)須恵器にそっくりなんですよ。
しかも、口の欠け方までも。
まぁ、もともと同じ形なのだから、土中にある時の欠け方も同じようになってもなんの不思議もない、と言われたらそれまでなんですけど。

下の画像が、うちの平瓶




ねっ!?
似てるでしょう?

うちのは、手のひらにちょこん、と乗るくらいの大きさ。
藤原京跡から出土したのは、画像の人の腕との比較からもわかるように、すっごく大きいものですけどね。
でも、似てる!
あは、 新聞見て、朝からちょっと嬉しくなってしまいました。

こういう出土品をたくさん展示しているところが、京都にあります。

京都市立考古資料館

ここは、先土器時代・縄文時代からはじまって、桃山時代までの遺跡・遺構から出土した様々な出土品がたくさん展示され、また、それぞれの時代の都が作られた場所やその背景などを、展示品だけでなく、地図や写真なども使って丁寧に説明してあります。
なかなか興味深く、また貴重な資料を見ることができるところにもかかわらず、無料で開放され、京都に関する出版物も相当量、閲覧することができるんです。

場所は、京都市上京区今出川通大宮東入
今出川通りと大宮通りの交差するあたり、今出川の北側の通りです。




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