スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
「石田徹也 ― 僕たちの自画像― 展」
2008/12/09(Tue)
先日東京に行った時に回った展覧会は「ハンマースホイ」展と、後もう一つ。

練馬区立美術館で開催中の「石田徹也 ― 僕たちの自画像― 展」

isidatetuya nerimakuritu

石田徹也という画家を知ったのはNHKの『新日曜美術館』で紹介されたのが最初だったか、『美の巨人たち』が先だったか、ちょっと記憶があいまいなのですが、とにかくTVの画面で見た、彼の描く絵から突きつけられてくる「哀しみ」があまりに切なくて、気になって仕方のない画家の一人になったのです。

その後、「石田徹也遺作集」を手に入れて、時々ページを開いていました。

彼はもう今はこの世の中に生きてはいません。
2005年5月、31歳のとき、踏切事故で亡くなっています。
私が石田徹也という人をはじめて知ったときには彼はもう亡くなった後でした。
私が見た番組内で流された、彼に近かった人たちの言葉から想像して、その死は自ら選んだものとも、不幸な事故とも取れる印象でした。
そして私は今回の展覧会に出かけるまで、TVや遺作画集で作品を見た印象からおそらく前者だろう、と想像していました。

石田徹也さんのHPにリンクを貼っておきますので興味のある方は彼の作品を見てください。
HPに紹介されている作品はどれもクリックすると画像が大きくなります。

どの作品からも今の私たちを取り巻く社会が持っている虚無感や矛盾、悲しさ、もどかしさ、孤独、そんな彼の表現したかったものが痛いほど伝わってきます。

会場入り口の一番最初に目に付く場所に「飛べなくなった人」が展示されていました。



一歩入ってその絵を見たとたんに、なんだか悲しくてたまらなくなって目が離せなくなり、気がつくと涙があふれそうになっていました。

私は案外意気地なしで、自分のあらわになった感情を他人に見られるのが苦手です。
涙がこぼれそうになっているのに気がついてすぐに先へと進みました。
が、何度も画集やTVで見た「飛べなくなった人」はあまりに哀しく、なんだかわからない、けれどとても強い何かを、私は突きつけられてしまいました。

そう広くない会場は彼の作品を見るには適当な空間だったように思います。
こういう表現者の作品と真剣に対峙するにはほとんど限界といっていいくらいの広さ。
あれ以上大きな会場でもっとたくさんの作品と向き合っていたらなんだか重いものを抱えすぎて、ちょっとつらくなっていたかもしれません。

年代を追うごとに描く対象が違ってきてはいましたけれど、作品全体を通して描かれる、孤独や哀しみのようなものは変わらなかったような気がします。

展示室は第1室から第3室まであって、第3室では彼の制作ノート(アイデアノートといったようなものです)は数冊展示されていて、肉筆を見ることが出来、作品を制作するに当たって、見る側が感じるものを生み出すために、彼が予想に反して冷静に計画立てていたのがわかって意外な印象も受けました。
そして、その部屋に展示されていた石田徹也さんの写真。
壁一面に大きく引き伸ばされたその写真の中で、おそらくはなにか受賞したお祝いの席での1シーンだったんでしょう、両手に花やプレゼントを持って生き生きと元気で、大きく一歩、歩き出した瞬間の笑顔がありました。

その写真を見たとき、それまで私の中で作品からくるイメージによって受けていた、「若くして自ら死を選んだ画家」という印象が少し変わりました。
私が思っていたような人じゃなかったのかもしれない、エキセントリックで孤独で、自らの内に暗闇を抱えた人、そんな風じゃなかったのかも。

いずれにしても表現者として選ばれた人たちには、その才能を与えられなかった私たちのような者からすると想像も出来ないような苦悩とともに歩む一生が待っているのかもしれません。

つらくて重い展覧会でしたけれど、観に行くことができてよかったと思います。

最後に、
会場に掲げられていた石田徹也さんのお父様のご挨拶を引用させてください。

  徹也が亡くなって、残された膨大な作品の数と大きさに途方にくれ、「絵そのものは、全て捨ててしまおう」と決心し、作品の写真をとり、遺作集を発行させていただきました。
  中略
  決して、心が落ち着くとか綺麗な作品ではありませんが、徹也の作品を見たことにより、何かしら皆様方に感じ取っていただければ、幸いです。

                     石田嘉弘 氏
スポンサーサイト
この記事のURL | 展覧会 | CM(20) | TB(0) | ▲ top
ヴィルヘルム・ハンマースホイ  静かなる詩情
2008/12/04(Thu)
先週末、東京へ行ってきました。
夏の「この靴、痛い!」以来の上京です。

例によって連れ合いが仕事で先発していたのに合流しての展覧会周りの東京です。

金曜日、家事雑事を諸々済ませ、夕方ののぞみに乗りこみました。
新幹線の窓を、時々雨粒が後方へ飛び去って行きます。

米原あたりで一度雨足がひどくなり、(今日は富士山を見られないかも)と少し残念な気持ちでいました。

岐阜羽島の手前あたりで雨が上がったと思ったら



最近、なんだか虹に恵まれています。
地平線から地平線へかかる大きな大きな虹。

私が窓に張り付くようにデジカメのシャッターを押していると、後ろのほうから男性が「虹が出てるよ」と、(おそらく)隣席の女性に教える声が聞こえて、少し後には携帯のシャッター音が「キロリン~」と。

私もデジカメを携帯に持ち替えて写メでも1枚。
東京で会議中の連れ合いに送りました。(もちろん、返信はないけれど)

浜名湖を過ぎて、時間的にぼつぼつ、でももしかしたら夕暮れでもう無理かも。
と、微妙だった富士山南方の通過時間。
ぼんやりと窓から外を眺めているとなんてことでしょう。
まるで神様のプレゼントのような景色。



自慢するわけじゃないけれど(って、自慢ですわ、これって)、私は新幹線に乗ると不思議ときれいに富士山を見せてもらえる運のいい女です。

早速またまたデジカメを構えてカシャカシャ。
するとまたまた後ろのほうの席からあの男性の声。
「わぁ! ほら、すごい!富士山だよ!」
それに応える女性の声も「わぁ、すごい!」って。
後ろの男性、私を見張っとるのかいっ!

そんなこんなで東京駅。

待ち合わせに余裕を持ってきたので、八重洲北口の大丸へ。
履いてきたブーツの踵を張り替えてもらうためです。
なんで東京まで来て踵の張替え?
時間があったから。

仕事が終わった連れ合いと合流して、夕食は日本橋の「イヒ フレー」へ。
夏に行った時、目立たない場所にあるからか、こじんまりとした隠れ家的な店内の雰囲気と上品な味とスタッフの気持ちのいいサービスが気に入って、食事するならここ、と予約を入れておいたのでした。
2度目の訪問だったにも関わらず、お店の皆さんはちゃんと覚えてくださっていたようでした。

ihifure 11.28

この日、最初のお客様だったわたしたち、店内の様子を失礼して1枚。

夏に来たときとはメニューも変わっていて、でも美味しいのは相変わらず。
ゆっくりとコースを味わって、満腹でホテルへと向かいました。

さて、翌、土曜日。

朝から上野へ移動。
目的は国立西洋美術館で開催中の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展

hannma-suhoi 11.29

なんだか香港のコメディスターのようにも思えるハンマースホイですけれど、デンマークの画家。
その作品のほとんどは、彼が住んでいた部屋の中や、アパートの窓から見える景色を描いたものです。
モデルとなっているのも、最初は彼の妹、妻を得てからは、妻であるイーダ、が室内でたたずむ様子がほとんどです。
年代が進むにつれ、作品からは人物が消え、そして室内の家具が消え、最後には部屋そのものを描いているのが、会場内をまわっていると印象的でした。



「背を向けた若い女性のいる室内」
本展覧会の看板にもなっているこの作品。
描かれているのは妻のイーダ。
画像ではわかりにくいと思いますが、この描かれた絵に女性のうなじが、白く輝いて非常に印象的でした。

裕福な環境にあって、社会的にも認められた画家であったにもかかわらず、彼の描く女性はなぜか皆、目を伏せていたり後姿だったり、観るものと視線を合わさず、どこか疲れた表情です。

situnai sutorannge-ze

「室内、ストランゲーゼ30番地」
彼が暮らし、彼が最も描いたアパートの部屋。
よく見ると、テーブルの4本の足のバランスが不自然だったり、家具の落とす陰があちこちに伸びていて全く現実にはありえない光景です。

この画家が描こうとしたものがどこにあったのか私にはわかりませんでした。
けれど、妙に印象的だったのは、室内に置かれた家具の表現の素晴らしさでした。
そこにおかれた家具はけして豪奢なものではないのにもかかわらず、手入れの行き届い手いる様子が見て取れるのです。
家具の持つ温かみ、つややかさ、重さ、
そんなものがすぐそこにあるように見て取れるのがなんだかとても印象的でした。
そして、人物が消え、家具が消えた、部屋そのものが素晴らしかった。
だた室内だけが描かれている、それだけのことにこれほど心が惹かれていくのがなんとも不思議で心地いいのです。

hannma-suhoi situnai

「陽光習作」

会場でみた感動がお伝えできない、こういう画像で残念です。

会場内には3Dでハンマースホイの暮らしたアパートの様子を見ることが出来る『ハンマースホイの部屋』が設置されていて、これはかなり面白い出来でした。
彼の描いた作品のそれぞれがどの位置からどの方向を向いて描かれているのか、まるでその部屋をこっそり覗けるような錯覚にとらわれるのです。

この展覧会は今度の日曜日まで。
ご覧になることをお勧めします。
この記事のURL | 展覧会 | CM(38) | TB(1) | ▲ top
白洲正子さんと、なぜか札幌、そして京都
2008/11/18(Tue)
おまけのはなし。

北海道、最後の一日は札幌の街中をあちこち見てまわりました。

そもそもこの旅に出かけてくることになったきっかけの大学、
そこのイチョウ並木がとてもきれいだった、と連れ合いが「せかっくだから見に行こう」と連れて行ってくれました。



ため息が出そうなほどの黄金色。
カメラを手に撮影に夢中の人、だただた上を見上げて感嘆のため息を漏らす人。

今頃はこの美しい金色の世界も葉を落とし、侘びた枝振りを見せていることでしょう。

北大を後にして、定番の時計台へ。



中に入ると時計台の歴史や内部の構造を知ることが出来る資料館になっています。



スペードの形をした時計の針。
わが町、京都の大学の時計台の時計も、大学近くの時計店の方が代々メンテナンスを続けている、と聞いていますが、ここの時計もずっと手入れを続けてきている方のVTRが塔内で流されていました。

時計台を出て、今度は北海道庁へ。
ここでも風格ある建物が大切に守られています。



なんだか東京駅に似てる。

今は北海道の事をPRするため、道内の物産や歴史を紹介する場として公開されているようです。
館内にいる係りの方、どなたも親切で、いろいろと北海道の事についてお話を聞かせてくださいました。



北海道の知事さんは道知事と呼ぶんでしょうか、ここが現役だった頃の執務机です。

緑があふれるお庭を散策して、再び街中へ。

札幌のテレビ塔、



ここのテレビ父さんは京都タワーのたわわちゃんとは仲良しで京都に遊びに来たこともあるんです。

それにしても最近のゆるきゃらブームときたら。
どこへ行っても必ずといっていいほどキャラクターがいます。
個人的には、わが町のたわわちゃんの「いつでもびっくり口」がちょっと納得できないわたくし。

さて、北海道最後のお食事、最終日のお昼ご飯はこちら。



石焼スープカレーです。
北の大地の美味しいもん、あたかた食べつくしたかのように思っていましたが、スープカレーがまだでした。
と、言うことでカレー専門店でハフハフ。

この後、札幌大丸で開催中の白州正子展へ。

何ゆえ北海道へ来てまで展覧会?
この「白洲次郎と白洲正子展」、関西での巡回があるのかないのか、この時点では知らなかったので(年が明けて2009年、1月28日から2月9日まで、神戸大丸で開催されます)札幌で見ることにして予定を組んでいたのです。

会場入り口は正子さんの暮らした武相荘の玄関を模し、大きな壷が飾られています。



会場の中には、器や骨董、次郎さんの直筆や身の回りのもの、正子さんのお能の衣装など、
あぁ、これも、あれも、と本で見たおなじみの品々、その本物が目に前に並んでいました。

そして、今夜、NHKのハイビジョンで「白洲正子が愛した京都」という番組をみて、札幌でみた様々がよみがえりました。
「白州さんが愛した」、京都の中には友達の実家も含まれていて、なにやらうれしく、尚いっそうこの番組内で紹介された大原野あたりの寺や、かねてから訪れたい、と思っていた西行ゆかりの里をいっそう訪ねてみたくなりました。
この記事のURL | 展覧会 | CM(10) | TB(1) | ▲ top
仏頂面
2008/10/01(Wed)
先週末まで奈良国立博物館で開催されていた『西国三十三所 ―観音霊場の祈りと美―』に出かけてきました。

西国三十三所といえば四国八十八ヶ所に次ぐ有名な巡礼の場。
和歌山の青岸渡寺を1番として観音菩薩を本尊とした、それぞれ宗派の違う三十三の寺を巡礼する道です。

今回の展覧会で一番楽しみにしていたのは京都・清水寺奥の院のご本尊、千手観音坐像を拝見することでした。
展覧会のポスターにもなっているご本尊です。



端正なお顔、鎌倉時代の作と伝えられているこの仏様は全身にまとわれた金色が時代を経てなんともいえない風情でいぶし金というような色合い。

入り口を入ってすぐの正面に置かれた観音様を見るためにため息をこぼしながら近づいていきました。



この観音様は正面のほかに左右にもお顔がある珍しい型で頭上にも25面のお顔があります。
画像に見られる一番上の厳しいお顔が「仏頂尊」。
これを目にした瞬間、あっ、と思いました。

仏頂面(ぶっちょうづら)、はここから来ている言葉なんだ、 この一見不機嫌そうな難しいお顔、それで機嫌の悪い表情をさして仏頂面というんだ、と。

これは常識として多くの方がご存知の事なのかもしれません。
けれど私はこの仏様を見て初めてそのことに気がついたのでちょっと感動的でした。
展覧会場ということも忘れて、思わず
「だから仏頂面っていうんだ!」と声に出してつぶやいてしまったんです。
すぐそばにいたご婦人が
「見えますか?」と私にお尋ねになりました。
その方は私より身長が低かったので私と横並びの位置からは仏頂尊を見ることが出来ないようでした。
そして、「あぁ、見えない、見えない」といいながら少しずつ後ろに下がられ、
「あぁ、ほんと。 仏頂面ですねぇ」
なんだか自分の発見(常識なのかもしれないけれど)が嬉しくなってしまいました。

会場にはそのほかにも長い長い手を頭上高く組んでその上に仏様を乗せている、奇異にも見えるような観音立像や毘沙門天などの仏像が多数展示されています。
四天そろっていらっしゃるときの多聞天は、一人(単独)になると毘沙門天、と名前が変わります。
また今回の展示では私の大好きな密教系のスター、明王たちの絵画も出品されていてそれもまた楽しいのでした。

ちょっと笑ってしまったのがこちら。



三室戸寺の釈迦如来立像なんですけれど、これってどうみても清涼寺の釈迦如来を写したもの。 
清涼寺の釈迦如来はその胎内から、国宝に指定されている五臓六腑が見つかった、中国伝来の仏様。
当時、清涼寺の仏様は日本中でブームになってその姿が仏絵になってあちこちのお寺に祀られたり、お釈迦さま事体が輿に乗せられて巡業してまわった、ということなので、きっとこの三室戸寺の仏像も模倣して作られたものなのでしょう。
それにしても表情が(笑)

会場の最後の部屋には西国巡礼案内図という絵と文字で描かれた地形図入りの札所案内が大きく引き伸ばされてプリントされ床に敷いてありました。

これが思いのほか面白くて、
あ、ここがお伊勢さん、 ここは那智の滝、
という風に三重県から和歌山、奈良、滋賀、京都、大阪、兵庫とたどって歩いてみました。
むかし、むかしに書かれた地形図なのに、案外しっかり描かれていて、淡路島や小豆島、琵琶湖まで、ちゃんと今私たちが見るような地図の形になっていました。

この次、奈良国立博物館を訪れるのは10月末から始まる正倉院展になりそうです。
秋の展覧会シーズン、今年はどれくらいまわれるでしょうか。
この記事のURL | 展覧会 | CM(26) | TB(0) | ▲ top
年に一度の
2007/10/16(Tue)
10月14日・日曜日は年一度の大徳寺・本坊の「曝凉」(むしぼし)でした。

普段、なかなか見せていただく機会のない、寺宝を見せていただける機会。
行ってきました。

日曜日とあって、観光バスまで繰り出し、けっこうな人出です。

大徳寺には、本坊はもちろん、塔頭のいくつかに、国宝が眠っています。

まず、お目当ての本坊に向かいました。
入り口に、

honnbou musibosi


これ、むしぼし、って意味なんですね。

本坊、大方丈の中はもちろん撮影をさせてはいただけないので、画像はないのですが、
国宝に指定された書画など、掛け軸が鴨居から吊るされ、ゆらゆらと時折吹き込む風に揺れながらまさに、「むしぼし」されていました。
ほんとに、息がかかりそうなくらいそばで、国宝や重文がいかにも大仰でなく、下げられています。

国宝の、南宋代の禅僧・牧谿(もっけい)の掛軸「観音猿鶴図」や「竜虎図」、高麗時代の楊柳観音像など、見事なお軸の数々でした。
しかも、方丈の襖絵八十余面はすべて狩野探幽の作で、重文に指定されています。

なかなか見ることのできない仏画の数々を堪能して、外に出ると、
砂利を敷いた道に、黒猫

neko tookukara


近づいて見ても全く逃げる気配もなく、
さりとて媚びるわけでもなく、頭をなでるとちょっと迷惑そうな顔をされてしまいました。
ほらね

uzukumaru neko


本坊を出て、次は高桐院へ。

ここは、細川三斎公が建立した、細川家の菩提寺で、お庭には忠興公やガラシャ婦人のお墓もあります。

高桐院のお庭は、すぐ近くに大きな道路が通っている事も忘れてしまうくらい、静かで落ち着きのある、素晴らしいお庭です。
まるで山の中のひなびた、けれど上品なお寺みたいです。




こちらもむしぼししている寺宝を見せていただくことができました。
国宝の李唐による「山水図」や狩野探幽・永徳の手による、文殊・普賢、維摩居士像や、牧谿の弟子の蘿窓(らそう)の描いた「白露蓮」が素晴らしかったです。

高桐院は、お庭のみえる廊下に、座って、ただぼんやりといつまでもいたいところです。

次に、やはり好きなお庭がある、黄梅院に向かいました。




ここは、お庭や茶室を囲む回廊が趣きがあって好きなお寺です。
そして、回廊の先には直中庭




大きな石は、不動明王を、脇の小さな二つの石は、それぞれ、衿羯羅童子(こんがらどうし)と制叱迦童子(せいたかどうし)を表しているそうです。
画像ではわかりにくいかもしれませんが、実際にここに行くと、
いかにも、不動三尊だなぁ、と素直に気持ちに入ってくるようです。

そうして、もう一つの、大好きなお庭
破頭庭




白砂は海を、苔むす部分は浄土を、そして、二つの石は観音・勢至
それ以外には何もない
だからこそ心が穏やかに、静かになっていくお庭です。

ここも、黙っていつまでもじっとここにいたい、
そんなふうに思わせてくれる空間です。

黄梅院のお庭は、いつ訪れてもそれはそれは丁寧に手入れがされ、清々しい空間ですが
禅宗では掃除も修行の一つとされているのだとか。

まるで雑念の洪水のような日々を送っている私にとって、お寺は、そして枯山水のお庭は、心安らぐ場所になっているようです。

と、いいつつ
昨日はその後、今宮通りを西へ

そう、 今宮神社門前 あぶり餅の一和さんです。

あまりにも有名なお店。
時代劇や京都を舞台にしたドラマにも何度も登場、
鬼平犯科帳のエンディング、ジプシーキングのギターが流れる中にも登場しています。

お餅を小さくちぎって、きな粉をまぶし、細く裂いた竹にさします。

itiwa 1


それを炭火であぶって、白みそベースのタレにからめていただきます。
itiwa aburi


一皿があっという間。
もう一皿食べたいなぁ・・・・・・
と、
我慢、我慢。

心とお腹がほっこりすると、
人間って、大抵「幸せ」って思ってしまいそうです。
この記事のURL | 展覧会 | CM(10) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。