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ことば
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2007/10/23(Tue)
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下駄骨折
知ってますか? 今日、会社で初めて知った言葉です。 「うちの子、昨日、つっかけ穿いて玄関出たところでちょっと足ねじってね、 それがいつまでも痛い、痛いって大騒ぎするもんやから病院連れてったら 『あ〜、下駄骨折ですね』って、いわれてん。 つっかけ穿いてても、下駄骨折っていうねんて、あはは〜」 と、同僚が教えてくれました。 いつもながら、ふざけたわが社の面々は、 「それって、パンプス穿いてても下駄骨折?」とか 「長靴はいててなったらどやねん!」とか、 ひとしきり騒ぎ、 さて、 とそれぞれのデスクに散っていったんですが。 私も自分のデスクに戻って、ふと気になったんです。 (ほんまかいな?) だって、こういったらなんやけど、その話を教えてくれた同僚はけっこうそそっかしいというか、 早とちりというか、それで今まで何度か痛い目にあったことあるし(笑) で、さっそくネットで「下駄骨折」を調べてみました。 出てきた、出てきた。 (なんや、ほんまにあったんや)と思いながら読んでみると、 下駄骨折(第五中足骨基底部骨折) と書いてあるではないですか。 以下、参考までに。 中足骨とは足の指よりも上のほうにある細長い骨のこと。 指の数と同様に5本ある。中足骨骨折は重いものが足の上に落下するなど直接的な外力で発生することが多い骨折。 ものの落下が原因ではない骨折として、第5中足骨骨折の基部骨折(足首側の部分の骨折)があり、通常”下駄骨折”と呼ばれます。中高年以降に多い骨折で家の中で(靴などを履いてないはだしの状態)椅子や家具につまずくように足をひねることにより発症する剥離骨折。 なーーーんだ、下駄骨折って、骨折した時、履物はいてた、とかいうんじゃなくて、骨折した部位や、骨折の状態をさしていう言葉だったんじゃない。 うっかり騙されるところやったわ・・・・・・ と、まぁこんな感じで「下駄骨折」問題は私の中で解決したんですが ー ふと、今度は「つっかけ」という言葉が気になり始めました。 (つっかけ、って全国どこでもそう呼ぶんやろか? 果たして他に正式名称とかあるんかな?) 広辞苑をひいてみると つっ‐かけ【突っ掛け】 足の爪先のほうをひっかけるようにして履く手軽な履物。木・ゴム・ビニールなどのサンダルの類。 と、ありました。 正式名称だったんですねぇ、つっかけ。 言葉ってほんと、面白い。 どこまでも横道に逸れていく事をおそれない、私の脳味噌は (そういえば、ずっと以前、TV番組の『探偵ナイトスクープ』で、【アホバカ分布】っていうのやってたなぁ)と思い出してしまったんです。 思い出した、と言っても、リアルタイムにその企画の回を見たわけではなく、確か、探偵ナイトスクープの番組内で、その企画がとうとう本になりました、と言うような告知を聞いただけだったんですが。 探偵ナイトスクープ、というのは週末の夜に放送している関西発の、深夜帯では高視聴率を誇る番組です。 毎回、視聴者から寄せられた、謎や疑問を、番組の出演者(探偵、と呼ばれています)が調査する、というものなんですが、 ある時、アホとバカの言い分けの地理的境界線はどこにあるのか?という疑問が寄せられたんですね、 それに対して探偵が調査した結果、わかった事が、バラエティー番組とは思えないほど、ある意味学術的にすら意義があると思われるような事柄だったんです。 一般に、人に対して侮蔑する時の表現は(実は愛情表現であったりする訳ですが)関東では「バカ」 関西では「アホ」と思われがちですが、調べてみると、 ここから!、という風に単純に日本列島を一本の線で東西に分断するような境界ではなく、なんと、ある地域を中心とした同心円状に、また、まれには飛び地的に区分されているらしいのです。 その、ある地域というのが京都。 地方によっては「アホ」「バカ」以外にも同意で別の言葉が使われているところもあって、それらの言葉はほとんどが過去、ずっと古い時代に京都で流行っていた言葉なのだそうです。 そして、それは、北海道や東北など、京都から遠い地域に行くほど、その言葉が京都で流行っていた時代が古いのだそうです。 今のように、全国のどこにいても、同じ瞬間にあらゆる情報を得ることができる時代と違って、昔は何もかもが人づてに、口から口へと伝わっていたわけですから、当然、京都から伝わっていった言葉は、その地方が遠ければ遠いほど、伝達される時期は遅れてくるわけで、最新の情報が伝わるのにそれだけ時間がかかる、という事の現れでしょう。 「下駄骨折」から始って、私の脳の中は目まぐるしくあちこちへと旅するように思考がめぐっていました。 いいのかなぁ、仕事中だったのに。 でも、これが今日、私が考えていた事です。 |
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タイトル、それとも?
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2007/10/07(Sun)
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以前から気になっていたこと。
それは、ブログを書くとき、タイトルを決めてから書き始めるか、それとも記事を書き終わった時点でタイトルを決めるか、という問題です。 皆様はどうされているんでしょう? 私の場合、たいてい、なにか書きたいな、と思うことがあって、まずタイトルを決め、それから記事を書き出す、ということが多いです。 ところが、ついつい話が本筋から逸れて、気がつくと最初に思っていた事と全く違うことがむしろ、メインと占めるようなことも時々あって、そういう時は書き終わった後でタイトルを変更することになるわけです。 時々(ほんとに時々ですけど)、自分でも(いいじゃない!)と思えるようなタイトルが浮かんだときは不思議にすらすらと文章が思い浮かんで、そういう時は一気に書き上げてしまいます。 ところが、書きたいことはあるのに、なぜかまとまりがつかなくて、 うんうん、難産のあげく産み出すと、あとから読み返してもなにか納得がいかない、散漫な文章になっているようです。 書くことは、あくまで趣味、楽しみ、 こんな風にブログに自分の思っていることや行動を書き記し、それに対して、「コメント」という返球をいただけると、すごく嬉しく、励みになって続けていくエナジーになっていると思います。 プロではないのでうまい文章はかけないし、独り善がりな部分も多い事でしょう、 客観的な目を持つことが必要、と思うのですが、 スタンスとして、「日記」を公開している、という意識なので このまま続けていくことができて、後になって (あぁ、この時期、こんなことがあったなぁ)とか (この頃の自分はこんな風に考えていたんだ)とか 振り返る材料になればいいな、とも思っています。 一人つける日記と違って、ネット上に公開することで反響があり 記録しつづけられる、背中を押してもらえる 自分と同じように感じてる人がいるんだ、と安心感のようなものをもらうこともできます。 普通の人間が、当たり前に毎日を過ごしているので、 そうそう日々、面白い「ネタ」や、ビックリするような出来事に出会うわけもなく、 つづけていく事は難しいと思いますが、 なにげない日々の中から自分にとって「キラリ」と光る大切なものを見逃さないように、 心を敏感にし、毎日を緩慢に過ごしてしまうことのないように、 これからもブログをつづけていけたらなぁ、と思っています。 あ・・・・・・ また横道に 書き始めた時には タイトルと記事のどちらが先か、という内容をイメージしてたのに 気がつくと、 私にとってのブログを続ける事の意義のような内容になっちゃってました。 いつもならここでタイトルをかえる事を考えるところですが、 今日はあえてこのままで。 いつもこんなふうです、という足跡として。 |
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