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今年もあと一日
2007/12/30(Sun)
しばらく更新をサボってしまっていました。

先週末の三連休から年末の掃除を始めたり、買い物をしたり、
なにせ仕事をしながらの作業なので週末を利用して計画たててやっていかないとすぐにお正月が来てしまいます。

でも、昨日から煮始めた、黒豆も棒だらも煮上がったしカズノコも塩抜きをすませてつけだれにつけ込んだし
、気になるところも掃除を済ませて、玄関の白磁壷には迎春用の切り花も飾りました。

仕事は、一昨日の金曜日、一通りやっつけて、
あぁ、でも年明けの4日にメールボックスを開くのがこわいです。

新しくやってくる年が、みんなにとって幸せな一年でありますように。

今年、ブログでお知り合いになれた方、ありがとうございました。
どうぞ、来年もよろしくお願いします。

皆様、良いお年をお迎え下さい。

                     紫
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佐清、おまえは すけきよだよねぇ 
2007/12/20(Thu)
勤務先の、仏友(仏像好き仲間のことです)から、
「興福寺の阿修羅の複製を製作中、紫さんは何を作ったことある?」と、挑発的なメールが届きました。

(えっ!?)と思い、即座に返信。

どういうものを作っているのかくわしく探りを入れてみる。

と、どうやら、仏友は、割り箸を木芯にして紙粘土で作っているらしく、現在上半身から足になる予定の木芯(割り箸、ですな)がそのまま飛び出している状態で、ぼぅーーーっと、リビングの片隅に立っている、そうな。

さらに厳しく追及すると、なんと!「手はたくさんあって(興福寺の乾漆八部衆の阿修羅像は三面六臂です)難しくて作るのを断念した」との事。
えっ???それって腕なしの、顔と胴体部分だけの阿修羅が今いる、って事?

さらに追い討ちをかけると
「でも、顔は『張子の虎』の要領で、動くように工夫してある、えっへん」
妙な自慢までされてしまいました。

(阿修羅はさぁ、あの半ズボンがかわいいんだから、ちゃんと足元まで作れよなぁ)と一人ぶちぶちごちているわたし。

仕事中ながら、まんまと挑発に乗ってしまい、ふと気がつくと学生時代の造形の授業のことをあれこれ思い出していました。

はるか昔、造形の授業を見て下さっていたのは、プロの彫刻家でした。
(この先生の話は、書きたいことがいっぱいあるので、後日UPするつもりです)

授業の課題の一つに、「ライフマスク」の制作がありました。

デスマスク、ご存知ですか?
ベートーベンのものが有名ですけど、亡くなった方の顔型をとったものはデスマスク。
当時の私たちが制作したのは生きてる人の顔の型をとるから「ライフマスク」
これ、正式名称かどうか、不明です。
もしかして先生が勝手に言ってたのかも。

と、ここでネット検索。
おーーっ! ライフマスクってちゃんとありました。
顔だけでなく、全身の型を取ることもあるらしく、その場合は「ライフキャスト」って呼ぶんですって。
勉強になりますなぁ。

さて、話を戻してー

ライフマスクを造る、という授業の前に、先生から注意事項がいくつかありました。

※ 顔のうぶ毛をしっかり剃ってくること。(石膏で型を取るので、うぶ毛が生えているとはがす時、拷問のように痛い・・・・・・らしい・・・・・・でもそれって、今から考えるとこれと同じやん!

※ ゆったりとした洋服でくること。(緊張のあまり気分が悪くなる人がいるらしい、身体をしめつけるような服装はだめです、って事でした)

※ えっとぉ・・・女性の、例の日にあたっちゃってる人は恥ずかしがらずに事前に申し出ておくこと。(過去に、これで制作中に気分悪くなっちゃった人がいたそうです。現に、我々のときも一人、それで気分悪くなっちゃった人がいました)

さて、いよいよ制作当日。

全員ノーメイク(あ、言い忘れましたがクラスは全員、女性でした)で、まずは顔にコールドクリームを塗ります。
石膏が乾いてはがす時、剥がしやすくするためだそうです。

よだれかけのような物を首にまき、造形室の机の上に横になります。

顔のまわりに、怪我したり手術後のわんこさんがつけるようなエリザベスカラーみたいな、
シャンプーハットのような物をつけます。
石膏が流れてしまうのを防ぐためです。

両方の鼻の穴に10センチくらいに切ったストローを差します。
これ、見てるとわらっちゃうんですけど(間抜け面です)、でも、大事な命綱、呼吸をするための唯一の方法です。

心穏やかにして、制作の相方が顔に溶かした石膏を流し込むのを待ちます。

これがねぇ

こわかったですよ、ほんとに。
まだ少し熱を持ったような石膏が、どろぉ、っと顔の上に垂れてきた、と思う間もなく、顔全体に想像以上の重みがかかって、圧迫感をすごく感じました。

(あぁ、もしここで鼻が詰まったら、わたし、死んじゃうんだなぁ)と本気で考えてました。

もちろん、事前に打ち合わせはしてあって、万が一苦しくなったり気分が悪くなったら手で机を叩いて知らせる、そしたら相方は即座に石膏をぬぐいのける、っていう手筈になってました。

どれくらいの時間がたったでしょう。
石膏を乗せてる私自身はなんだか長く感じましたけど、流し込む側になった時にはすぐに乾いたような記憶があるので、きっとそんな長い時間ではなかったと思います。

「じゃあ、剥がすよ~」という声の後、メキメキッ って感じで顔の上の重いかたまりがはがされました。

イテッ! 痛いよ!
気をつけていたつもりでも、額の生え際の髪の毛が少し石膏にくっついちゃってました。
そこはそぉっとはさみで切ってもらいます。(これもまた怖かった、相方を信用しきれない私)

剥がし終えて、机の上におき上がった私をみて相方が、くっくっく と笑っています。



出来上がった型をみると、目の辺りに何やら黒いつぶつぶ。

あっ!  あーーーーーーっ!
まつげ抜けてるやん! 抜けてるやーーーん!
うっそぉ!もう、いやや(涙)

その後、日をおいて、石膏で取った方にゴムの樹液のようなものを流し込みライフマスクは完成するのですが、出来上がったものを見たら

わたしってこんな顔やったんや
ぶ、ぶっさいく

人間の顔って、まゆ毛があったり、目があったり、口があったり、肌の色があったりするからなんだか見てても安心だけど、真っ白で、その造作だけになるとビックリするほど「ぎょっ」としますよ。

この時作ったライフマスク。
自分の顔だけに捨てるに忍びなく、さりとて部屋に飾る勇気もなく、
なんとなく部屋の片隅に転がってるうちにいつの間にやらどこかに行ってしまいました。

その制作のあと、しばらく、私はまつげのない女、としてつらい日々を過ごしました。

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京都・嵐山 花灯路 2007 
2007/12/18(Tue)
最終日まで後1日になっていた、12月16日 日曜日
京都・嵐山花灯篭に出かけてきました。

夕方5時、阪急嵐山駅を降りると、すでに大勢の人出。
渡月橋を目指してなんとなく人の列ができています。
途中、河原では振舞い酒のテントや、バンドのライブをやっている特設ステージがありました。

夕闇の渡月橋です。





渡月橋に近づくほどに、向かい側の山が、ぼぅと夕闇に浮かび上がって、まるで、春先の桜が闇に咲いているかのような景色に、




ちょっと「八墓村」みたいですか?

?と思いつつ進み行くと、ちょうど橋の南にあたる山が様々の色のライトアップがされ、そのせいで、山全体が浮かび上がって見えているのでした。
いきなりの幻想的な景色に、(おぅぅっ!)とちょっと感激。

実は、この花灯篭、自然の中で人工の光って、どうなのかなぁ、と内心、うがった印象を持っていたのです。
と、いいつつ、春の東山の花灯篭にもしっかり出かけたわたくし。

紅葉の時期が終るとどっと落ち込む観光客の掘り起こしのためのイベント、とわかっていつつも、乗っかってしまう悲しい性。
嵐山は、まさに人だらけでした。

人だらけで通行制限されている橋を渡って、順路に従い、ライトアップのメイン、嵯峨野の竹林を目指しました。
すでにあたりは暗いし、朝からの雨のせいで足元がぬかるみ滑りやすくなっているので歩くのも慎重になりがち。
しかも大勢の人が、シャッターポイントではみな立ち止まって携帯やデジカメを構えるせいで、なかなかスムーズには進めません。




こんな感じとか、



こんな感じとか。

嵐山いったいは、道の両脇に、和紙に紅葉の葉をすきこんだ灯篭で足元を照らしてくれているのですが、2時間サスペンスでおなじみの竹林は、途中、要所要所で下から竹をライティングしていて、オレンジやブルー、グリーンに染められた竹がざわめくさまは、ほんとうに幻想的でした。

途中のトロッコ列車の嵐山駅もライトアップ




今回のライトアップにあわせて夜間拝観を実施している、常寂光寺・二尊院を拝観させていただきました。




常寂光寺は、紅葉の季節のパンフレットにはなからずといって良いほど、山門からの石段の景色が載っているお寺で、今はその紅葉も大方は葉を落としてしまっていましたが、長い石段の両脇に置かれた灯篭が幽玄の世界へいざなうかのようです。
竹林を巡っていた大勢の人も、どこへ消えてしまったのだろう、と思うほど、拝観客はまばらで、静かなお庭を巡ることができました。




境内の小高い山の上には重要文化財に指定されている多宝塔がみえました。




ニ尊院では、本堂にあがらせていただけたので、以前からみたいと思っていた二体のご本尊、阿弥陀さまとお釈迦さまを拝見。




映像でみていて想像していた仏さまよりずっと小さく、かわいらしいお姿でした。
光背の細工の美しさ、両のご本尊の表情の違い、けれど、どちらの仏さまも優しく、穏やかな表情でいらっしゃいました。

本堂の縁で、ご自身で作られた竹細工を並べていらっしゃる男性が、拝観に来られた方たちとお話をされています。
なんとなく、光に誘われて覗き込んでみると、それは細かな作業で、1本の竹に、透かし彫りを施して灯篭にした細工物がならんでいました。
どれもこれも、その作業を思うと、なんと根気のいる、美しいものなんだろう、としばし見入ってしまいました。
製作者の方は、「時間さえあればどなたにでもできますよ」とおっしゃっていましたが、とてもとても……







二尊院を出て、来た道を折り返します。
落柿舎(芭蕉の門人の一人、向井去来の閑居だったところです)を過ぎ、



落柿舎の門のそばの柿の木


竹林に戻って、行きには通り過ぎた野宮神社に行きました。




ここ、行きに通った時から何やら謡いのような声が聞こえてきてたんですけど。




ご神体をお奉りしている社の前で3人の男性が、凛とした空気の中、朗々と謡っていらっしゃったんです。
それはそれは見事なお声でした。

帰りは嵐電にすることにして、嵐山駅へ。
なんと、ホームに「嵐山温泉」とかかれた小屋のようなものが・・・・・・
まさか、駅のホームに温泉???
のぞき込んでみると「足湯」です。
何人かの方が足を温めていらっしゃる様子でした。
ちょっとびっくり!

嵐山から帷子の辻(かたびらのつじ・きれいな駅名ですよね)で乗換えて、北野白梅町(北野天満宮の近くです)へ。

うちに帰って、嵐山の無人販売所で買ってきた柚子で、足湯ならぬ、この日、わが家は柚子風呂でした。



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え~  実は・・・・・・
2007/12/14(Fri)
今週の水曜日、12月12日は私の誕生日でした。
何回目?って?
それは忘れたことにして(笑)

朝から友達や同僚から「おめでとう」のメールをもらって、
やっぱりいくつになってもお誕生日を祝ってもらうのは嬉しいなぁ、と幸せな気分でいっぱいになりました。

夕食を、連れ合いがリザーブしてくれていたので、
北山にあるステーキ割烹のお店「渋谷」にでかけました。




画像が鮮明じゃないのが残念なんですが、
落ち着いた、「おとな」な雰囲気いっぱいのお店です。

夜のコースはいくつかあったのですが、アワビと近江牛のフィレステーキのコースをいただきました。

あまりに素敵な雰囲気に、携帯を取り出して画像をとる、という行為がすごく無粋に思えて、残念ながらお料理の画像はありません。

目の前で、オーナーシェフが丁寧にグリルして次々とご馳走が差し出されます。
どの食材も、吟味され、新鮮でそれは美味しいものばかり。

ブルーチーズのオードブルに始って、アワビのステーキ(肝が最高でした)、フィレステーキ、焼き野菜、
自家製の、ピーナツを煉ってねかせたというタレも美味しく、添えられたフランス産の塩も最高。
コースの合間には、誕生日のお祝いに、と明石産のアナゴと京野菜を使ったアラカルトの一皿をプレゼントしていただきました。

お腹いっぱいのところに、新しいお箸で、おいしいお漬け物を添えてお茶漬け。

さて、いよいよ締めくくりのデザートだわ、と思っていた時、
お店の照明が落とされ、キャンドルが灯されたデザートプレートが運ばれてきました。

突然、シェフとお店のスタッフの方たちが、

♪♪ Happy Birthday To You ~ ♪♪

すると、隣に座っていた連れ合いも声を合わせて歌い出し、
ひととき、お店の中に私のためだけの歌が響きました。

照れ臭くて、きっと私は真っ赤になっていたかもしれません。
でも、こんなふうに誕生日を祝ってもらえる幸せに、涙がにじみそうになりました。

キャンドルを吹き消し、明かりがつくと、私の前に置かれたデザートプレートには
チョコレートで〝 Happy Birthday 〝の文字とハートが。。。
食べてしまうのが惜しいようなデザートを、それでもぺろりと平らげて、
エスプレッソをいただいて。

お店の外に出ると霧雨。
頬にあたる雨が、高揚した気持ちに心地よく、家路につきました。

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BIOMBO/屏風 日本の美
2007/12/12(Wed)
会期も終わろうとしている「BIOMBO/屏風 日本の美」展にでかけてきました。
会場は大阪市立美術館。
天王寺公園はすっかりクリスマスムードの飾りつけで、大きなツリーが飾りつけられていました。




土曜日にもかかわらず、場内は思ったほどの混雑でもありません。

今回は海外からの里帰り作品18件を含む約100件の屏風が展示されています。
会期中、展示替えもあるので全ての出品作品を見ることはできなかったのですが、江戸幕府がオランダ国王に贈った屏風など、初めての里帰り作品や、かつては一連の作品であったものが現在は海外の美術館に分蔵されている屏風(しかも、組み合わせを間違っている)など、国内外の屏風の名品を見ることができました。

京都を題材にした屏風の前では、どうしても寺社の名前や地名を目で追い、
「なんでこんなとこにここが?」と、当時の絵画で描かれる時の京の町の位置関係に苦笑したり、 今は見ることができなくなった、方広寺の大仏殿を見て、当時の大きさを想像して楽しんだりしました。

面白かったのは、一枚の屏風の中に、方広寺の大仏殿と二条城が描かれていたものがあったこと。
徳川家康の怒りにふれ、豊臣家滅亡の原因になった鐘があった方広寺と、二条城が一緒に描かれている、時代の移り変わりの真ん中を切り取った屏風。

他に、大阪と京都を描いた、「京大坂図屏風」、大坂を描いた、「四天王寺住吉図屏風」も地名や寺社の名前を追いながら面白く見ることができました。

「関ヶ原合戦図屏風」は、私が行った時には左隻が展示されていました。
戦いやぶれ、逃げる者、討ち取られ首をなくした武者の無残な姿が描かれ、
今年、NHKの大河ドラマ「風林火山」を通年見続けてきた私は戦国の世の武将たちの生きざまをリアルに感じて、しばし屏風の前で立ちすくんでしまいました。

また、そもそも屏風本来の目的の一つ、視線を遮る、というために作られた、お産の時に使われる「白絵屏風」も、いかにも女性の神聖なる場に用いるに相応しく、胡粉だけを用いて、真白に、鶴と松が描かれていて、出産の場専用の屏風があることも初めて知り、興味深かったです。
死出の旅へ出る、臨終の時には、あの世とこの世を隔てるために、屏風を上下逆さまに配置する「逆さ屏風」という用いられ方をしていた、ということも今展覧会で初めて知りました。

個人的には、やはり桃山時代に制作された屏風が魅力的で、いいなぁ、と思うものが多かったように感じました。

この展覧会には、屏風を制作するにあたり描かれた下絵の展示もあってそう言う点も興味深く見ることができました。

屏風、という展示物を集めた展覧会なので、当然といえば当然ですが、いずれも大きく、迫力があって、見ごたえがあり、気がつくと二時間あまりがあっという間に過ぎてしまっていました。


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がんばって
2007/12/05(Wed)

プランターで育てている水菜。
種からまいて、時々、間引きしてはサラダやごま和え、お味噌汁の具に、活躍してくれています。




自分たちで育てるようになるまでは、野菜はとてもプランターでは育たない、と思い込んでいたところがあって、初めて挑戦したラディッシュが、ちゃんと食べられた時は何ともいえない喜びがありました。




サラダ菜とグリーンリーフ
うっかりすると、虫に食べられてしまいそうになります。




サニーレタスも元気です。
他にも、比較的簡単に育てることができる野菜をいくつか、プランターで育てています。

こうして野菜や花を作っていると、すぐに虫がよってくるものと、ほっておいてもちっとも食べられないのがあることがわかって、それもまた何となく面白いんです。

朝のサラダは、「おうち野菜」に果物をトッピングすることがほとんど。
採り立ての野菜たちはどれも瑞々しく、しゃきしゃきで、ドレッシングを使わなくても美味しくいただけます。

夏の間、元気をなくしかけていた花たちも、今は次々と花をつけ、元気です。
12月に入ったというのに、春から咲いているペチュニアも、ナスタチゥムも相変わらず咲き続けてくれています。




ブルーのロベリアの中に一つ、白いのはスミレです。
種類はわかりません。
土の中に種があったのか、どこかから鳥が運んできたのか、ある日突然、このプランターで育ち始め、もういくつか花を咲かせました。




もうすぐ本格的な寒さがやってくる、その前に、ぼつぼつ冬支度をしてやらないといけないのかもしれません。

なのに・・・・・・
夏の野菜、コリアンダーが芽を出し、育ち始めようとしています。

がんばれ! みどりたち!







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あっ おんなじやん
2007/12/01(Sat)
先日、新聞を読んでいた時の事。

1枚の写真とその記事が思わず目の中に飛び込んできました。

「似てるっ!」






富本銭や水晶納めたつぼ、藤原宮で出土・最古の宮殿地鎮遺構

 日本最初の都城、藤原京(694―710年)の宮殿である藤原宮を調査中の奈良文化財研究所は29日、宮殿のほぼ中心にある大極殿南門付近で、日本最古の貨幣、富本銭や水晶を納めたつぼが出土したと発表した。研究所は「藤原宮の造営時に地鎮のため埋めた」とみている。

 宮殿の地鎮遺構では日本最古。研究所は「現代に引き継がれる地鎮の起源が、藤原宮までさかのぼることを示す重要な発見」としている。

 つぼは直径約20センチ、高さ約14センチで、ほぼ完全な形。富本銭は口の部分に詰まっており、さびて取り出せないためエックス線CT装置で内部を透視したところ、9枚を確認。内部に長さ2―4センチ前後の六角柱状の水晶9点も見つかった。


                              ー11月29日 日本経済新聞よりー

ふむふむ。

この記事によると、既にこの頃から地鎮する、という神事(当寺は神事としてはしてなかったのか?)が執り行われていたわけか・・・・・・

宮を造るにあたり、その都と、人々の繁栄を願って、何に、という対象は別としても、祈りをささげる気持ちは昔も今も変わらない。
人間の、考えたりしたりすることって、何千年たったって、そう進歩することはない、って事ですね。

さて、この記事のなにが私の目を引き寄せたか、っていうと

以前にこのブログでも紹介したんですけど、わが家にいる(←こういう表現が、正しいかどうか)須恵器にそっくりなんですよ。
しかも、口の欠け方までも。
まぁ、もともと同じ形なのだから、土中にある時の欠け方も同じようになってもなんの不思議もない、と言われたらそれまでなんですけど。

下の画像が、うちの平瓶




ねっ!?
似てるでしょう?

うちのは、手のひらにちょこん、と乗るくらいの大きさ。
藤原京跡から出土したのは、画像の人の腕との比較からもわかるように、すっごく大きいものですけどね。
でも、似てる!
あは、 新聞見て、朝からちょっと嬉しくなってしまいました。

こういう出土品をたくさん展示しているところが、京都にあります。

京都市立考古資料館

ここは、先土器時代・縄文時代からはじまって、桃山時代までの遺跡・遺構から出土した様々な出土品がたくさん展示され、また、それぞれの時代の都が作られた場所やその背景などを、展示品だけでなく、地図や写真なども使って丁寧に説明してあります。
なかなか興味深く、また貴重な資料を見ることができるところにもかかわらず、無料で開放され、京都に関する出版物も相当量、閲覧することができるんです。

場所は、京都市上京区今出川通大宮東入
今出川通りと大宮通りの交差するあたり、今出川の北側の通りです。




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