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御所探訪
2008/03/28(Fri)
有給が知らぬ間にずいぶん溜まっていました。
その有給を消化するために月曜日の出勤以来、仕事はお休みです。
こんなにゆっくりと時間をすごせるのはほんとうに久しぶり。
気になっていた片付け物、庭の花の手入れ、読みたい本、作ってみたい料理、出掛けて行きたい場所、心は逸るばかりです。

今日も、朝から家事を済ませて、さて、今日は何をしよう、と考えながら新聞をゆっくり読んでいたとき、電話のベルが鳴りました。

「時間があるならお花見しませんか?」

午前中、外部の仕事に出ていた連れ合いからのお誘いに、自転車を飛ばして出掛けました。
向かった先は御苑。
我が家からは自転車を飛ばせば5分ほどの距離です。

御所の中、近衛邸があった跡に糸桜の木がたくさん植えられています。
あたりには池や小さな橋もかかっていて風情のある場所です。
回復したお天気に誘われてカメラを持った方たちが大勢、それぞれにアングルを決めて本格的に撮影されている中、ちょっと気恥ずかしくデジカメでパチリ。










とてもみなさんのようには行きませんけど、むせ返るような桜の存在感を少しでも伝えることができているでしょうか?

近衛邸跡には椿の木もずいぶんありました。







このところ、ちょっとした椿ブームにわく我が家です。
外を歩いていてもついつい椿に目がいってしまいます。
気をつけてみていると椿の木って思いのほかたくさん植えてあることに気づきます。
そして、椿には実に様々な種類があって、とてもきれいなことにも気がつきました。

しばらく御苑の中を散策して通りに出ました。
どこかでお昼でも、と、ぶらぶら歩いていると目立つこともなく、それでも品のある店構えのお店を見つけました。

寺町今出川下がる 「御所雲月」 という暖簾がかかっていました。

ちょっと(いえいえ、かなり)高そう……
とりあえず入ってみることにいたしましょう。

お昼の時間の口開けだったらしく予約なしでも入ることができました。
が、座ってしばらくしないうちに店内は満員に。
なかなか人気のお店のようです。
お昼時は手ごろなお値段の御膳が数種類用意されていました。




雲月さんは背中合わせに二軒のお店をやっていらっしゃるようで、こちらはカウンターとテーブル席がひとつの南側のお店。
北側のお店には広いお座敷もあるようです。




掘り込み式のカウンター前に座ると坪庭が見えます。
目の前には備前に飾られた椿が一輪、 それに、おくどさんにはご飯を炊くのでしょう、釜が二つ。






湯葉御膳を頂きたかったのですが、ついてくる鯛めしを一人分ずつ炊くのに35分ほどかかるとこのことで、穴子てんぷら丼をお願いしました。




一口食べてしまったところで(あっ! 撮影!)
丼の端がごにょごにょしてるのはご愛嬌。
穴子、さくさくに揚がっていて、あっさりしてて極上でした。
白味噌の煮物椀には大根・里芋・金時にんじん・胡麻豆腐、それにたっぷりのねぎ。
黒七味を一振りしていただきました。
ほんのり甘みのある煮物椀もおいしくて満足満足。
食後には蕨もちがデザートに出てきたんですけど、これがまたおいしくて。
まったりとした蕨もちに、黒蜜と黄な粉。
あぁ、もっと食べたい!
「持ち帰りはありますか?」と伺うと前日までに予約が必要、とのことでした。
残念! けれど満腹の幸せで、ごちそうさま。

外に出て、ついでに花の土を買おうとホームセンターに向かって自転車を走らせようとしていたときに見つけたお宅の塀からのぞいていた椿。



きれいな花を見ることができて、おいしいものを食べられて、
誘い出してくれた連れ合いに「ありがとう」といわなくてはいけませんね。

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我が家の春たち
2008/03/26(Wed)
夜半になって雨が降り始めました。

このところ暖かい日が続いたと思ったら雨が降って、
花冷え、という言葉がぴったりな春の宵。

けれど庭先の鉢植えは日に日に変化しています。
昨日、ほんの少し蕾ができていた、と思ってみたばかりなのに、一晩空けて朝、みるとびっくりするほどの花が開いています。
春の植物の生命力にはほんとに驚かされます。




きっとほかの鉢植えから飛んできたんでしょう、思いがけないところにスミレ。




こちらは色が鮮やか




こんなほのかな色合いのも




これもこぼれ種から育ちました。
眠りについていたスミレたちが咲き始め、そう意識してみると、買い物途中の賀茂川の河原にもスミレがたくさん花をつけていました。



これは冬越ししてしまったロケットの花。
葉っぱはもう硬くて頂けないけれど、花として楽しんでいます。



こちらは小松菜の花



ブロッコリーも冬越ししてしまった茎は花が咲きました。



今朝のキバナカタクリです。
さぁ、花が咲くまでに何日かかるでしょう。

こちらは昨日我が家にやってきた小さな小さな壷




どちらも安南でしょうか。
手前の瑠璃釉のは高さ1.5セントほど。
奥の草花紋のは1センチくらいの高さ。
どちらもちっちゃなちっちゃな壷さんです。

祭器として作られたのか、それとも埋葬品でしょうか?
できれば、小さな子供が遊ぶためのおもちゃだったらいいな、とぼんやり見つめていました。

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曜変天目とウルビーノのヴィーナス 
2008/03/23(Sun)
久しぶりの出張で、神奈川・東京へと出かけていました。

会議と、その前夜の懇親会に出席するためでした。
午後からゆっくり出かけても夜の懇親会には十分間に合ったのですが
朝早くに京都を出て、静嘉堂文庫美術館に行くことにしました。

のぞみを新横浜で降りて横浜地下鉄に乗り換え、あざみ野で東急田園都市線に乗り換えて二子玉川へ。
駅前のロータリーで赤くて小さな巡回バスにのって静嘉堂文庫まで。

京都のバスは後ろ乗り前降りで、料金は下車するときに支払います。
ここのバスは前乗り前降りで、料金は乗るときに支払うんですね。
よその町に行くとバスってなんだか緊張します。
電車はそうでもないんですけど、バスって(ここのシステムは???)って、周りの人の様子を見ながら小銭をあわてて用意したりしてどきどきするのは私だけなんでしょうか?

雨と風がひどい関東でしたが、満員でぎゅーぎゅーのバスはほとんどの乗客を美術館前ではきだしほとんど空になって次の停留所へと走り去っていきました。

バス停から坂道を、美術館目指してあがります。
小高い山  世田谷にもまだこんな自然が残っていることにちょっと驚きながら入り口に。
傘たてにはもう空きもなく、入場券売り場には列ができています。

「茶碗の美」 国宝 曜変天目と名物茶碗 展は3月23日まで
いつもながら滑り込みの鑑賞です。




稲葉天目と呼ばれている南宋時代のお茶碗が公開されています。
会場中央に飾られたこのお茶碗の周りには人だかりができていました。
その人だかりに隙間ができるのを待ってガラスケースに張り付きます。

きれい

なんとも表現力が乏しいことが悔しいのですけれど、
宇宙の闇の中に光を見るような、深い空間がそこにあるようでした。

思えば、私が初めてこのお茶碗に出会ったのはまだ小学生の頃、
NHKで天目茶碗を特集した番組を偶然見たのです。

それまで見たこともない美しい世界がそこにありました。

曜変天目や油滴天目はテレビのブラウン管の中できらきらと輝き、漆黒の闇の中に永遠のときを閉じ込めたように見えました。

こんなにすごいものが世の中にあるんだ・・・・・・

その茶碗が今、自分の目の前にある、
なんとも不思議な感覚でした。

稲葉天目のほかにも油滴天目や井戸茶碗、楽茶碗など80点あまりの作品が展示されていて
予想以上の館内の混雑振りにもかかわらずしっかり堪能できたすばらしい内容でした。

翌日は朝から本社で会議。

午後4時前に会議が終わるのを待って上野の国立西洋美術館へビーナス展を見に行きました。

前日に続いて雨交じりの風が吹く中、それでも上野公園の桜はほころび始めています。
桜は京都より東京が早いみたい。

国立西洋美術館の前庭にはロダンの作品がいくつも展示されています。




カレーの市民




こちらは地獄の門の考える人の部分

昨日訪れた静嘉堂文庫より空いているみたい。

とりあえずロッカーを確保して会場内へ




日本では初お目見えのティツィアーノの「ウルビーノのビーナス」を中心とした、ルネサンス期のビーナスがゆったりと配置され、ゆっくりと見て回ることができました。

ロレンツォ・ディ・クレーディの描いたヴィーナスの立ち姿。
穏やかな顔と肉付きのいい下腹部、乳房 左足を少し前に出したその肉体は、まるで男性のように筋肉がしっかりと描かれ「ヴィーナス」という私の中の固定観念からは少し違和感があります。

ポントルモの描いたヴィーナスにいたっては乳房のふくらみ意外は男性そのものの体つきをしています。

そもそもヴィーナスは古代神話の中に登場する愛と美の女神。
キリスト教の神ではない、ということでルネサンス期までは絵画の題材としてとりあげられることも少なかったようです。

美術史の中でヴィーナスの描かれ方がどのように変遷して行ったのか、
その変化の様子を展覧会は部屋を追うごとに見せてくれました。

意外にも「ウルビーノのヴィーナス」のまえにはぽっかりと空間ができていて、まるで私のためにゆっくりと見る機会を与えてくれているかのよう。

評判通り、どの角度から見てもヴィーナスと目が合うかどうか確かめることもできたし、近づいたり離れたりしながら、細部を確認したり全体の雰囲気を味わったり、が存分にできました。

出品が30作品をきる点数でしたので気持ちの上でもゆっくり見ることができたように思います。
最後の展示作品
ラファエロ・ヴァンニの「キューピッドを鎮める「賢明」




やや女性好みの絵かもしれませんが、私はこの作品がすごく好きになりました。
ビロードのような布に隠された絵を見ようとしているキューピッドをやさしくとめるヴィーナス。
ほんの少し見える画面には高貴な女性が描かれているようです。
全体のやさしいタッチ。
ブルーの効果的な使い方。
会場を後にする最後に見るにふさわしい印象を持っているように感じました。





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まめな生活
2008/03/18(Tue)
少し前までの忙しさが嘘のように、ゆっくりした時間をすごせている今日。
この数日は気持ちのよい穏やかなお天気に恵まれています。

花や野菜に水やりをしていても思わず伸びをしたくなるほど。

寒さから身を守るように葉を落とし、まるで枯れたようになっていた山椒の木が芽吹き始めているのを見つけたとき、春のもつ力強さを感じました。

まだ暑さの残る頃に植えつけたキバナカタクリの球根、近所のネコさんに何度も掘り返されてもうあきらめていたのにちゃんと芽を出して日ごとに育ってくれています。

紅と白の木瓜
なんとも気持ちよさそうに咲いているでしょう?







木瓜は、盆栽仕立ての一鉢を玄関に置いているのです。
毎日出かけるとき、帰ってきたとき、
心が柔らかくなるようです。




そばにあるのは石皿。

瀬戸で焼かれていた、石という名がつくだけあって、重い、重いお皿です。

冷たい麺類をどっさり盛ったり、オードブルをいくつか盛り合わせても面白いお皿です。
が、なにせ重い!
食卓に運ぶのに腕が疲れそうなくらいです。

気温がもっと上がって、水が恋しい季節には水盤として使ってもお花が映えそうです。


スナップエンドウもたくさん花をつけています。




本当は一枝手折って小さい壷に挿したいところですが、結実させてお豆を収穫して食べたいのでぐっと我慢です。

畑での野菜作りを生きがいのようにしている実家の父はスナップエンドウのこと、スナックエンドウと呼ぶのです。

(お父さん、スナックじゃないんだって!スナップだから!)と内心思いつつ、

父が「スナックエンドウが大きなってきてるわ」というと
「スナップエンドウってわりに手ェかけてやらんでも育つんやねぇ」

とささやかなデモンストレーションをしていた私ですが、あるとき調べてみると、かつて、確かにスナックエンドウと呼ばれていた時期があるようです。
この種のエンドウは呼び名がいろいろとあったようなんですけど、1983年に農水省が名称の統一をしたそうです。これ、Wikipedia情報。

草木が育って花をつけるのはもちろんうれしいんですけど、野菜を自分で作って食卓にのせることができるのは格別の喜びです。
プランターでも種類を選べば意外にしっかり育ってくれることがわかって、次はなにがいいかしらん?と、それもまた楽しみの一つ。

スナップエンドウ、たくさん実がなって、「エンドウ長者」になる日を楽しみに、水やりにいそしむことにしましょう。
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『相国寺の禅林文化』 承天閣美術館
2008/03/13(Thu)
うららかなお天気に誘われて相国寺の境内にある承天閣美術館 へでかけてきました。

相国寺はわが家からは自転車ですぐ、
連れ合いは通勤の途中、よく相国寺さんの境内を通り抜けさせていただいているようです。




西の入り口に看板が出ていました。

境内に入ると梅の花が盛りです。

白梅、紅梅取り混ぜて、香り高く咲き誇っていました。







時折吹き抜ける風に薫る梅の香があまりに素敵で、できればそこにずっと立っていたい気持ちになります。

先日の知恩院同様、こちらも「京の冬の旅」キャンペーンで特別拝観中ですが、今日の目的は 承天閣美術館で開催中の展覧会です。

今回は足利義満600年忌記念の展覧会ということで展示物には義満ゆかりの作品が多く見られました。
肖像画や、墨書、愛用の工芸品などです。
なかでも心引かれたもの、
一つは、唐物小丸壷茶入

高さが3センチほどだったでしょうか、ころんと丸い、小茄子型でそれは愛らしかったです。手の中で肌合いを楽しみたい、そう思わせるようなお茶入れです。

このお茶入れは青貝をふんだんに使った螺鈿のお盆のうえにちょん、と載せられての展示で、その組み合わせもまた美しくすばらしいのです。

香合では、呉須染付有馬筆香合という、これまた小さな小さな作品。
こちらは2センチ角ほどの四角の陶器で、白地に藍で、人物画が描かれ、蓋部分にはほんとにちっちゃな人物の立ち姿が作られている香合でした。

お茶入れ、香合、ともにすばらしいデザインは現在まで伝わり、新物で同じ意匠のものが作られていますが、様々な人に愛でられ歴史を見てきたお品はどこか違うようです。

墨書もいくつも展示されていたのですが、会場内に、墨書と墨跡の違いの説明がされていました。
一般に、墨で書いたものを墨書、というそうですが、墨跡というのは、禅僧など、悟りをひらいた人が書いたもの、ということになるそうです。
いままでそんなこと知らなかったの?と言われそうですが、私は墨書も墨跡も同じように思っていたんです。
説明をよんで、「ほう、そうなのか!」と。

「宋 元」と二つの漢字の書かれた、蘭渓道隆の墨跡は以前にもみたのですが今回改めてそのすばらしさにちょっと感動でした。
蘭溪道隆(らんけい どうりゅう)というのは、鎌倉時代中期の南宋から渡来した禅僧だそうです。
大胆でのびやかな、それでいて上品でとても立派な書でした。
解説に、遠く故郷南宋に思いをはせて書かれたのではないか、とありました。
昔はこの蘭溪道隆と同じように多くの僧が中国から仏教を広めるために日本に渡ってこられたんですね。
今と違って、海を渡って日本に来る、ということ自体、命がけの時代、言葉もままならない中、こういった人々の信念は私などには想像もできないほどのものだったんでしょう。

絵画もすばらしいものがたくさん出品されていました。
以前みたことのある伊藤若冲の掛け軸や襖絵、障壁画、それに狩野派の画家の作品などいずれもなかなか美しいものばかり。

なかで興味を引かれたのは円山応挙の「斑鳩図」でした。
絵そのものもすばらしいのですが、私が興味を持ったのは「斑鳩(イカル)」という、その絵に書かれた鳥なのです。
イカル、なんて鳥、みたことも聴いたこともありません。
そこに描かれている鳥を見ても、見覚えはなく、どうやら嘴に特徴のある姿をしているようです。
(地名の斑鳩となにか関係があるのかな?)と思いつつ会場を出ました。

唐門からのぞく方丈の屋根。




甍の流れが美しく、雄大な線を持った建物です。
境内には梅、
梅には桜とは違ったすがしい魅力があります。




苔とのコントラストがきれいでした。

帰り道、花を買って帰りました。
クメールの壷にはチューリップとフリージアを、黒高麗にはスイートピーとマーガレットを挿してみました。








「きれいに咲いてね」と一人花に話し掛けながら、

そうそう!
イカルです。
調べてみました。
いるんですね、斑鳩という名前の鳥。 
画像を見てみました。
斑(まだら)の鳩という名の通り、黄色い嘴にシルバーグレーの羽をもった鋭い目つきの鳥です。
そして、「斑鳩」という地名は斑鳩(イカル)が群れていたからついた、との記述もありました。
なんとなく直感で思うことって、案外当たってることが多くて思わず「やっぱり…」。
ご近所美術館へのお出かけ、得るものが大きな一日でした。
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知恩院へ
2008/03/08(Sat)
1月12日から3月18日まで、
『京の冬の旅』という京都市観光協会のキャンペーンで普段は見学できない非公開文化財が特別公開されています。

観光のノンピークシーズンに京都へと人々を誘うためのキャンペーンは通年、色々と取り組まれその工夫と努力が実ったのか、一時期の観光客の減少の時期を乗り越え、最近の京都の町は一年を通じていつもガイドブックや地図を片手の人が絶えないように感じます。

もっとも、こういう催しは京都に住んでいても普段は見せていただくことのできない庭園や建築、絵画、仏像などを見せていただける嬉しい企画です。

季節ごとに様々なところへと足を運んでいますが、今回の「京の冬の旅」は
知恩院へでかけてきました。

チケット売り場で拝観券を購入します。
係りの方が
「今日は寒いですね、どちらからですか? 京都の天気はいつもこんなんですよ」と声をかけて下さいます。
なんだか少し申し訳ないような困ったような気持ちで
「京都なんですよ、北区に住んでます」と言いながらチケットを受けとります。

いつまでも寒い、寒い、と思っていましたが
朝、目ざめる時間にはもう朝日が差し込むようになってきたり、
仕事帰り、暗かった駅への道も最近は6時を過ぎてもまだ明るくて
「春が近づいてきているなぁ」と感じます。
この間は黄砂が飛んできて、これも春の訪れを告げているんですね。

道真公が「  東風吹かば  」と歌った通り、梅の花もちゃんと季節を感じてあちらこちらで咲いています。

さて、知恩院で今回、特別に公開されているのは三門、それに経蔵と勢至堂です。




まずは三門から。

一段一段が高く、すごく急で狭い階段を怖々登ります。
へっぴり腰になってそうで情けないわ・・・・・・

楼門へ上がると、そこにはすばらしい眺望。
市内が一望できます。
景色を見て一息ついて内部を見学しました。

まず目に飛び込んでくるのは鮮やかな彩色。
柱や天井には極彩色の天女や龍、そのほか仏教の教えの中に登場する様々なものが描かれています。
迫力ある金色の麒麟、迦陵頻伽、蓮の花、雲
その中に宝冠釈迦如来と十六羅漢像が並んでいます。
予想以上にきれいに残っている絵にビックリしました。

三門を降りると、坂を登って勢至堂へ。




勢至堂は元々は知恩院の本堂だったところで、知恩院のなかでは最も古い建造物だそうです。お祀りされている勢至菩薩像は法然上人を写したという事でした。
現在、御廟を改装中のため、上人の多宝塔がこちらに遷座されていました。
またこちらには徳川家康の孫、千姫の位牌も御奉りされています。

勢至堂の裏手には墓所があって、その一番奥まったところに千姫のお墓がありました。




政治的な思惑のために人生を翻弄された悲しい女性、
立派なお墓をみながら千姫の悲しさを思いました。

来た道を戻りながら坂上からの景色を楽しみます。

蜜柑でしょうか、空の青さに映えてたわわに実っています。




御影堂の前を通って今度は経堂へ。

中に入るとビックリするほど鮮やかな色が目に飛び込んできます。

狩野山楽が描いた壁や天井の絵は少しずつ修復をされて描かれた当時の色彩を取り戻しているそうです。
仏教のありがたみを当時の人々にアピールするためだったのか、といえば罰があたるでしょうか、
今の私たちがイメージする、仏教やお寺、というものと、仏教が広まっていった時代の実態とでは大きな差があるのですね。

経堂の中心は大きな輪蔵です。
薬箪笥をとにかくでっかくしたみたいな、引き出しがたくさんついていて、その一つ一つに一切経が納められているそうです。
字が読めない人も、この輪蔵を一回転させるとそこに納められたお経を唱えたのと同じだけの功徳がある、とするところがマニ車などと同じですね。

壁画には、普賢と文殊が描かれ、輪蔵を支える土台には
阿吽の金剛力士、梵天・帝釈天、そして四天王の像がどれも力強く彫り込まれ、きっとぐるりと回転させると迫力があるだろうな、とまわしてみたくなりました。




境内には梅の花が咲き、参道には今年はじめてみるウグイスが枝から枝へと小さく羽ばたいてなんとなく嬉しくなった一日でした。

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今夜はうどん寄せ鍋
2008/03/03(Mon)
到来物のうどんの寄せ鍋セットが届きました。

クール宅急便の段ボールをあけるとこんな包みが出てきました。




(おぉ! なんか本格的!?な感じじゃない!!)

薄紫の包みをほどくと、




おめでたい雰囲気満載の紅白の水引に、春を知らせる菜の花の熨斗紙
もちろん、メインのうどんとお出汁も入ってました。

大阪・道頓堀の『今井』さんのお取り寄せ、
具材とお出汁がついていて、お鍋で温めるだけでいただける、台所を預かる立場としては嬉しい贈り物です。

自分で作るうどんすきも、それはそれで充分美味しいのです。
鶏肉やお野菜をたっぷり入れて、いろんな味の混ざったお出汁で食べるうどんは本当に美味しくていつもついつい食べ過ぎてしまいます。

けれど、
なかなか家庭ではここまでは・・・・・・




なんてちまちまとかわいいんでしょう。

ホタテに海老、あなご 鶏肉 生麩 出し巻き卵に湯葉 お餅 かまぼこ がんもどき
他にも エノキや人参 椎茸 白菜 ふき 春菊など

どの食材もそれは丁寧に下ごしらえがされていて、下味がちゃんとつけてあるようです。

お料理は見た目もご馳走。
わかってはいても仕事をもちながらの食事の支度はともすればこういう「目で味わう」気配りを怠りがちになります。

せめてお休みの日くらいは、と
自分なりに「美味しく食べる」工夫をしているつもりではいても
こういうプロの仕事をみると色々と思うこともあって。

些細なことだからこそ、その小さな事を大切に。

丁寧な生活をしていかなくちゃ、

贈っていただいた寄せ鍋セットは、口に入るものだけでなく、どうやら私の心にとってもご馳走になったようです。

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