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知らなかったこと、知ったこと Ⅱ
2008/07/31(Thu)
扁桃とはアーモンドのことなり、
日本語の「扁桃腺」はおそらくドイツ語をそのまま翻訳したものでしょう、
そもそも本来、ドイツには桃がないはずだから、扁桃腺部分をみてアーモンド、と表現したんじゃないでしょうか?
とにもかくにも、扁桃は桃、ではないですよ。

若き日に、ドイツで在外研究生活を送った連れ合いからご意見頂戴しました。

知らなかったことを知ることはいいことです、 とほほ。。。。
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知らなかったこと、知ったこと
2008/07/30(Wed)
先日の私の記事に、ぽんさんがコメントを付けてくださいましたが、その中に、
『祇園祭の菊水鉾に置いてあったのは、扇面になぜか五徳の絵が描いてありました』
と、これは香合について書いてくださったものです。

私は祇園祭の時には菊水鉾は周りから見せていただいただけだったので残念ながらその香合には気がつかなかったのですが、ふと、当日撮ってきたデジカメの画像を見てみました。



これが菊水鉾です。
ほかの鉾や山は提燈で灯りを飾られているところがほとんどでしたけれど、ごらんのように電球飾りで、その点でもほかとはちょっと違って繊細な印象でした。
優雅でほんとに美しい鉾で、思わずそばを通るときに取った車輪の画像がこれです。



よく見ると、車輪の「菊水鉾」の文字の真下あたりに草文のような、扇面のようなものが取り付けてあって、その下の、車軸を支える中心部分には、五徳をかたどったような、楔が見えます。

全くの見当違いで、車輪に見えているのは扇面でも五徳でもないかもしれませんが、
どなたか由来や意味をご存知の方がいらしたら教えてください。


さて、
前回の記事にも関係することですが、何年ぶりか覚えていないほど久しぶりに扁桃腺が腫れてお医者様にかかったことで知ったことがあったのでお話してみます。

近所の内科医院は60歳くらいの先生が一人で患者さんを診ている小さな町のお医者さんです。
以前にも書いたことがありますが、京都の町は本当に医院・病院が多いところで、うちから徒歩で10分圏内にも大きな総合病院が2つ、内科系の医院が4箇所、歯科が数箇所(数えたことがないのでちょっとわからない)、耳鼻咽喉科が1箇所、ほかにも外科や眼科など、気をつけて歩いているとお医者さんだらけです。

連れ合いの説では、
京都には医学部を持つ大学や医大が多いから必然的に医者の数も多い、
らしいのです。

皆さんそれぞれ自分にあったところを選んでかかっていらっしゃるんだと思いますが、私が診てもらったそのお医者さんは京都大学医学部出身の先生で、問診にたっぷり時間をかけてこと細かく体調や病歴、普段の生活習慣、気持ちなどを患者さんから聞きだす先生です。
最近は待ち時間がやたら長く、診察室にやっと入ったと思ったら2.3分の問診で「はい、お薬だしときますね」が多い中で珍しく信頼のおける先生ですが、その先生の説明してくださったことによると

扁桃腺は多くの人は年齢とともに段々萎縮して自然と小さくなっていくことが多いんだそうです。
子供のころによく扁桃腺を腫らして高熱を出してた人が成長するにつれてそういうことが減ってくる、これは大人になって体が丈夫になって抵抗力が付いてくるから、と私は思っていたのですが、(まぁ、そういう面も大いにあるのでしょうけれど)実は成長するにつれて扁桃腺は萎縮する、だから高熱を出すことも減っていくんだったんだ、と、先生のお話を聞きながらちょっと新鮮な驚きを感じたんです。

「貴女の扁桃腺は大人になっても大きいままだねぇ」といわれてなんか照れるというか(いやいや、照れる場面じゃないから!)、困惑するというか。

遺伝的要素が大きいのか、私の母も40歳代になって扁桃腺に悩まされ除去手術をした経験があります。
母の扁桃腺は格別大きく、根が深かったらしくて(癒着もしてたんでしょうね)なかなか厄介な手術になって執刀医の予想を上回る時間がかかり、途中で麻酔がきれて(母に言わせると)想像を絶する痛みの中で手術したことがあって、そのことを知っているだけに私はなんとか扁桃腺を腫らさず、穏便に(?)暮らしていきたい、と常々思っているのです。

病院が苦手な私が扁桃腺に限っては迅速にお医者さんにかかったのはそういう次第なのでした。

今日の記事は、まったく異なる二つの話題。
タイトルをどうつけるか、悩ましいところです。

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高麗青磁と扁桃腺
2008/07/27(Sun)

連日の暑さに耐え切れず、眠るときもエアコンをつけていたせいか、どうか、
数日前、のどが痛いなぁ、と思って鏡で見てみると扁桃腺がはれて真っ赤になっていました。

暇となったらずっと暇なのに、一つ予定が入るとなにか図られたように次から次へとお誘いの声をかけてもらって、これからしばらくは体調に気をつけないと、と思っていた矢先の事でした。

普段ならお医者さんが苦手で、なんとか行かずに済まそうとする私ですがそんなこともいってられず、また先日来の歯医者さん通いで病院に免疫が出来てきたのか、すぐに近所の内科に行って診て貰いました。
案の定、扁桃腺炎、とのこと。
「こんだけ腫れてたら痛いのは当たり前ですよ」
そんな言葉と一緒に、飲み薬を4種類処方されて帰ってきました。
お薬のおかげか、なんとか腫れも退いてやれやれ、といったところです。

夏の暑いときは暑いのが当たり前、と思い込んでいて熱があるのでは、などとは思いもせずにいたのですがお医者さんで計ってみると体温計の目盛りは平熱をぐーんと上がっていました。

扁桃腺が腫れ、熱が出る前のお話です。

私の中でのマイミュージアム、高麗美術館へ行ってきました。
開催中の企画展は

2008年度コレクション名品展Ⅰ「朝鮮の美術工芸-高麗青磁を中心に-」

李朝のざっくりとしたおおらかな焼き物ももちろん大好きだけれど、高麗青磁の品のよさが私は好きです。
繊細な象嵌を施された薄作りの肌合いや、ほかのどの青磁とも違う、独特の灰色がかったその色。

ここの美術館はいつ来てもひっそりと静かで、けれどなにか落ち着く空気があります。
訪れたこの日も、ほかのお客さんは2.3組だけでゆっくり見てまわることができました。

いずれの出品物も何度か見たことのあるものですが、(あぁ、やっぱりいいなぁ)という思いで、視線で器の肌をなでるような、そんな気持ちで見てまわります。

ここの収蔵品には追いつきもしませんけれど、我が家にいるのと似た油壺(昔、女性が化粧用の油を入れた壷です)や香合が出ていたので、ふと思いついて今日はうちの高麗青磁の中でも小さなものをご紹介します。



菊のような花の象嵌がかわいい小壷です。
貫入の入り方も気に入っています。
素朴な中に野の花を愛でるような味わいのある壷だと思って手に入ったときから好きな小品です。
高さは4センチくらい。




こちらは釉薬が薄くなっています。
胴に、なにか、蛇のような鳥のような、なんだかよくわからない陰刻が入っています。
高さは5センチくらい。
1つ目の壷に較べると少し持ち重みがあります。




こちらは香合。
上の二つに較べると時代はないと思います。
けれど、かわいらしい象嵌とやわらかい色合いが好きな器です。

ついでのことに。
我が家の香合たち。


こうしてみると同じような色合いのものが揃ってしまっていますが、
右上に見えるのは漆で、螺鈿細工が市松に並べられていてなかなかに手の込んだ様子がいいなぁ、と見るたびに思います。


ガーベラは暑さに案外弱いようで、気をつけていないとすぐに首が下を向いてしまいます。



この花は、300円。あと数本、真っ赤なのがありますがそれは別の器に挿しました。
祇園祭、天神祭りと続いて、関西はいよいよ夏本番です。

 

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悩ましい再会
2008/07/19(Sat)
大分県の教員汚職 教員採用試験を巡る汚職事件のニュースが連日マスメディアをにぎわしています。
今更、なに?
と思っている私がいます。

私は大学時代、教育学を学んでいました。
本当はほかに勉強したいことがあって、進学先の大学を選ぶとき両親に自分の気持ちを訴えたことがありました。
母は「しっかり生きていく力を身につけるためには公務員を目指すのが一番」と信じて疑わなかった人なので私の希望は到底理解されることなく、私は、母の希望に沿う学部への進学を結局は選びました。
父が公務員だったこともあって、母にとってはそれが当たり前、だったのだと思います。
そして、私はといえば、親の意向に逆らって、「自分で何とかする」と独力で大学に進学できるほどの力も気概もなく、(ちがう、これはちがう)という思いのまま4年間を過ごし、
4年生の夏、とうとう教員採用試験を受験する時期がきました。

私が乗り気じゃないことを察した母は知り合いの議員さんに「よろしくお願いします」となにやら表立ってはいえないことをお願いしたようでした。
そのこと、もちろん母は私には内緒にしていたつもりのようでしたが、何とはなしに私の耳に入ってきました。
どうしても母の敷いたレールに乗りたくない、
そう思った私はどうしたか。

試験当日、私は全ての答案を白紙で提出しました。

後日、「よろしく」と母に依頼されていた議員さんから
「あれではどうしようもない」と連絡があったようでした。
一人っ子で、今考えると小さい頃から母の望む「いい子」を続けてきた私の初めての反抗、私からすると意思表示でした。

もちろん、大学時代の4年間は楽しいことも数え切れないほどありました。
生涯の友人とめぐり合えたのもこの時期です。

入学式の当日、式が終わってオリエンテーションのために用意された教室に入ると私の後ろの席に座った女の子がいました。
抜けるように色が白くて、華奢で、美人で、私よりも年上に見えたその人は以前ここでもご紹介したことがある、京都(日本)で一番有名なお箸やさんのお嬢さんのIちゃんでした。
初めて会った瞬間、私は何も考えず、この人と友達になりたい、と直感的に思ってしまい、後先考えず話しかけていました。

「こんにちは、私は紫、あなたは?」
このときの一言から今まで彼女と私の付き合いは続いています。

さて、先日、そのIちゃんから連絡があり、大学時代の仲良しグループで久しぶりにご飯を食べよう、という誘いがありました。
Iちゃん、私、そして後3人。
18歳から22歳まで、私たち5人はほとんど毎日を一緒に過ごしました。
Iちゃんと私以外の3人は卒業するとそれぞれ故郷に帰っていって、その後全員揃って会うことは難しくなり、会えないでいる間に、結婚したり、教師として仕事に専念していたり、子育てに悩んだり、子供の出来ない人生に新しい生き方を見出したり、とそれぞれの道を歩んできています。

やっとなんとか自分の時間を持つことが出来るようになって5人揃って会える環境が整う時期がきたんですね。
けれど、「ご飯しよう」という連絡が来たとき、私は複雑な思いでした。
なぜなら、体調を崩したせいか(いいわけです)、昨年からの1年でめきめきと横に大きくなっているからです。
どうしよう・・・・・・ ダイエットするにしても時間がなさ過ぎる。
お気に入りの夏の洋服、どれも今の立派な私の身体には小さすぎます。

久しぶりに会う女同士の友達って、ちょっと複雑。
いくら仲良しでも、いいえ、仲良しだからこそ、会った瞬間に相手の全てをさっと見取って、
(あ、幸せそう)とか(私も方がちょっときれいかも)とか、そんなことを全身から見極めている、そんな気がします。
それは、意地悪でも嫌味でもなく、いわば女のもつ本能のようなものか、
髪型や洋服やアクセサリーや、指の爪の様子などを瞬時に見る、そしてコンピューターより早く状況を判断する。
勝った。  負けた・・・

だからといってどう、ということはないんです、けれど、仲良しの女友達との再会はそんな緊張感を伴います。

「どうしよう、洋服がどれも着られなくなっちゃった・・・」
一人悩んでいると
「新しいの買えばいいやん」と微妙な女心を解さない連れ合いが新聞など読みながらのんびりといいます。
「身体に服、合わせて買ってたらどんどん太るばっかりやん!」と言いがかりとしか思えない言葉を投げかけられて割に合わない連れ合い。

実は連れ合いとの出会いも大学1年の時で、連れ合いの友人と私たちの仲良しグループの一人が郷里の高校で同窓だったことから合コンを開くことになり、その待ち合わせの四条河原町の阪急の前で彼を見つけた18歳の私は生涯の伴侶、と直感的に決めてしまったことが今日に繋がっています。
そんなわけで、私の仲良しを彼も良く知っているのです。

Iちゃんといい、連れ合いといい、私には直感で自分の好きな人を見極めるところがあるようです。
視力がいい、嗅覚がいい、聴力がいい、
私を深く知る人はみな、「犬のようだ」といいます。
いろんなことを本能的に嗅ぎ分けて生きてきたからでしょうか。確かに、耳もピクピクと動きます。

それにしても、目前に迫った久しぶりの友人との再会。
学生時代をすごした懐かしい場所でちょっと贅沢なランチは魅力的だけど・・・・・・。

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今夜は宵山
2008/07/16(Wed)
7月16日。
今夜、京都は祇園祭の宵山で四条烏丸あたりは地面も見えないほどの人出の様子がNHKのローカルニュースで伝えられていました。
宵々々山、宵々山と2日続けて夕方から時々雨になってしまいましたけれど、祇園祭に雨が降るのは毎年の事。
去年もよそのお宅の軒先で雨宿りさせてもらってのお祭り見物になりました。
一番の人手の今夜は幸いお天気に恵まれて、今頃はまだにぎやかに人々がお祭り気分に酔いしれていることでしょう。

京都のブロガーさんはこの時期、皆さんが祇園祭の事を色々と書かれていると思うので私があらたにお話できることもないかとは思うのですけれど、私の視線で見た祇園祭のお話でもちょこっとしてみます。



月鉾の提燈です。
デジカメの画像でお恥ずかしいのですけれど、宵闇にあたりが包まれるころになると鉾や山に飾られた提燈の灯がとてもきれいです。

祇園祭の楽しみは、立派な鉾などを見てまわるのはもちろんですが、この時期、山鉾町のあちこちのお宅で見せていただける屏風もまた楽しみの一つです。

「屏風祭」
祇園祭期間中の7月14日から16日の宵山までの間、各山鉾町の旧家や老舗で、屏風をはじめとした美術品など、それぞれのお宅が持っている所蔵品を格子越しや玄関を開放して見せていただける、そういう風習をいいます。

毎年、つくづくと京都の町衆の奥深さを感じるときです。

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こんな風にガラス越しであったり、


格子戸越しに奥のお座敷まで見通せるように飾っていらっしゃるお宅もあります。
柱の手前の水盤に生けてあるお生花はヒオウギ。
祇園祭にはヒオウギ、と決まっています。
このお宅は何曲もの屏風に小袖や鉾のミニチュアなどを飾っていらっしゃいました。
それにしても京都の町家の奥深いこと。
狭い間口(昔は間口の広さに対して課税されていたので京都の家はたいてい間口は狭くおくに深いつくりです)からはちょっと想像できない広さです。


これはまた別のお宅。
狩野派の屏風にやはりヒオウギのお生花。



これもまた別のお宅。
狩野常信の鷹図です。

こんな美術品があちこちのお宅のお蔵やお座敷に当たり前のようにある、というところが京都のすごさですね。
京の粋を支えてきた室町の旦那衆の底力を感じます。

さて、こちらは新町六角下がるの「松坂屋」さん。
京都の松坂屋さんはもともとは呉服を仕入れるために室町姉小路に開いたのが最初とか。
今でもこんな風な風情のある店構えです。



そして、当然のように松坂屋さんも競ってお道具を飾っていらっしゃいます。



屏風だけでなく、陣羽織からお能の衣装まで、それは見事なものでした。

染屋さんのお宅の前にはこんな反物も。


その迫力はおもわず「わっ!」と声が出そうなほどです。

通りを「こんちきちん」のお囃子が流れてきた、と思ったらこんな風景も。



雨を避けながら3時間近くうろうろと通りを上がったり下がったりのお話はまだまだ続きますが、今夜はこの辺で。



夜ならではの、こんなお店も見つけました。
仏光寺西洞院西入るの「Atelier KYONOKAI」さんです。
和紙や布を使ったあかりをデザインされている会社だそうで、思わず吸い込まれるようにお店の中に入ってしまいました。
やさしくやわらかい和の灯り、素敵でしたよ。

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ワンコインの幸せ
2008/07/10(Thu)
北山通りから下鴨本通りを少し下がってきたところにお野菜と花を扱う小さなお店があります。
長い髪を後ろで束ねてひげを生やした若い人が二人でやっています。

おそらく、(と、これは私の勝手な憶測ですが)西賀茂あたりの農家で作られているんでしょう、無農薬の野菜を数種類置いています。
トマトやきゅうりやナスは畑で十分色付きました、といった風でいかにも美味しそうなんです。

壁のボードにはこのお店が野菜を納めている食べもん屋さんの名前がたくさん書かれていて、その中にはここでもご紹介したことがあるお店もいくつか名前が挙がっています。

お店の前には無造作に花をいれたバケツが並んでいて、季節の花があふれんばかり。




両手で抱えるほどの束。
家に帰って早速水揚げをしてあちこちの部屋に活けてまわります。




これは時代は詳しくわかりませんが朝鮮のもので、油壺として使われていたようです。
我が家にやってきたとき、お湯につけて油を抜いたのですが、それでもやっぱりこうして水を注ぐと釉薬を塗った肌のうえにねっとりと油がにじみ出てきます。




こっちはわりあい最近うちにやってきた備前。
隣に写っている鏡は連れ合いの両親が結婚して初めて買った鏡で、それを譲り受けました。




こうして画像にしてみると器と花の高さのバランスが悪いですが、まぁ、ご愛嬌ということで、白磁壷。




大のお気に入りの黒高麗にはグラジオラス。
グラジオラスにいけかえるまでは庭のなでしこを飾っていました。


どちらがお好みでしょうか?




草花文の染付けの壷にはこの色を選びました。
壷は李朝物、隣に写る孔雀文の皿は中国のものですが並べておいてもあまり違和感はないように思います。

これだけたっぷり楽しめて500円はお買い得。
家の中に花があるとそれだけで幸せな気持ちになれます。

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東から来た人
2008/07/07(Mon)
気がついたら前回ブログを更新してから1週間以上が過ぎてしまっていました。
この1週間、なんだかばたばたと忙しく過ごしていて、夜ふと気がつくとPCに向かう時間もほとんどとれず、あわててお風呂に入って眠りにつく、という毎日を過ごしていました。

そんな1週間の中で、3月まで勤めていた会社の同僚が東京から遊びにやってきてくれました。
7月4日に遊びに行くから、
と彼女から連絡があって以来、メールと電話で「どこに行きたい? リクエストしてくれたら効率の良いまわり方を考えるから」と何度かやり取りをしていたのですが、結局
「ねえさん(私の事です、彼女はずっと昔から私をこう呼びます。まるでお笑いの世界の先輩後輩みたいですよね・・・)に会いに行くのが目的だから、どこでもいいよ」との返事。
全面的にゆだねられるとこれまた困ってしまうんですよね、どこにつれて行ってあげようか、と。

じゃあ、ここは行きたくない、って所を教えて、というと「金閣寺・銀閣寺・清水寺は行ったことあるからそれ以外」とのお返事。
あ・・・ 京都観光の王道は済ませてるわけね。。。

と、いうことで、私が考えた一日京都で遊ぶプラン。

まずは午前9時半頃、京都駅で待ち合わせ。
そのまま徒歩で三十三間堂へ。
お寺や仏教に興味のない人でもここのインパクトの強さはそれなりに楽しめるはず。

途中、鴨川にかかる七条大橋をわたっていると、
「あっ、ペンギン!」
と、彼女。
(そんなわけないやろ・・・)と橋から下を見ると




多分、ゴイサギやと思うけど、そういわれたらペンギンに見えんこともないか。
「多分、ペンギンやないと思うよ」
と、一言。
そのまま三十三間堂へ向けて汗を拭き拭き歩く私。

朝10時過ぎ、ということもあってか、観光バスも数台、修学旅行生も2.3の学校が来てるだけで案外ゆっくり見て回ることができました。
貸切タクシーに分乗して、運転手さんにガイドしてもらいながら名所を回る修学旅行生は京都に住む私はもう見慣れてしまっているけれど、友人にはとても奇異な光景に映ったようで、しきりに「今の学生は贅沢すぎる」を連発していました。

千体の観音様を拝見し、二十八部衆の説明版を一つ一つ丁寧に読みながら、彼女の疑問に、私のつたない知識でわかる部分を説明しながら気がつくと1時間があっという間に過ぎていました。

中華料理が好きな彼女のために予約していたのは河原町二条の創作中華のお店『一之船入

『いちのふないり』と読むこのお店は、木屋町近くの一之船入町にあります。

一之船入、このところ女性に人気のお店なのでご存知の方も多いと思いますが、この不思議な町の名前は江戸時代、角倉了以が開いた運河に由来します。

江戸時代、大阪から船で運ばれる物資を、直接京都の中心部まで運ぶために作られた運河、それこそが高瀬川です。
この木屋町あたりを起点として、伏見に流れ込み、当時は数百・数十の船が京と大阪を行きかう隆盛振りだったそうです。
その高瀬川を行き来する船、高瀬船の船溜所を「船入」と呼んだそうで、一番最初に船が着く舟入があったこの場所を「一之船入」と名づけたということなのです。

趣のある町谷が並び、川岸には柳がゆらめいて、とても風情のある一帯です。




この通りの中ほどにあるのが今回おじゃました『一之船入』さん。
お店の入り口はこんな感じです。




通されたのは2階の一番奥のお部屋。
窓から高瀬川の流れが見えて、なかなか良い雰囲気です。
お昼のコースは2つ。
リーズナブルな方をお願いしていました。

最初に出てきたのはお茶(ジャスミン茶を選んでいます)と、突き出し、とでもいうべきか、ピーナッツとおじゃこをぴりりと揚げたようなもの。



かなり食べてしまってから画像を撮っていないことに気がつきましたのでちょっとお皿の中身が寂しくなっています。

こちらはジャスミン茶



お茶はおかわりをお願いすると継ぎ湯をしてもらえます。

さて、最初に出てきたのは前菜3種の盛り合わせ。



鶏肉のネギソースかけ、くらげの中華風、小鮎の佃煮です。
くらげはこりこりと歯ごたえが素晴らしく、向かいに座る友人にまで噛む音が聞こえるほどです。

次はこれ。



ぷりっぷりの芝海老にトッピングされているのは中国茶の葉を揚げたものです。

そして、



豚肉の台湾風炒め
あっさりと塩味で。




次の一皿、鳥の唐揚げにはピリ辛のソースがかかり、龍のひげに見立てたネギが添えられていました。




ピリ辛の後はあっさりと、ホタテと生ハムのレタス包み。
ガラスのお皿がいかにも涼しげです。

もう十分おなかいっぱいのところへ、チャーハンとスープ。


お店の人に「ごめんなさい、おなかいっぱいで」といいながら、チャーハンは残してしまいました。
だって、あとにデザートが控えていたから。
ウーロン茶で口の中をさっぱりさせて、出てきたのがこちら。




ミルクプリンとマンゴーのお饅頭、それにライチとオレンジ。
甘いものは別腹、の法則はここでもちゃんと生かされました。

ゆっくりとお昼を頂いて、久しぶりのおしゃべりに夢中になりつつ、お互い、お料理の画像もしっかり撮って。

彼女曰く。
「一緒に食べる相手によっては食事中にお料理を撮影するのは失礼に感じて画像に残せないこともあるけど、姉さんなら安心」
で、私も思い切りカシャ・カシャやれたわけです。

お店の方が3人、並んでお見送りしてくださる中(姿が見えなくなるまでじっとお店の前に立ってくださってました)、腹ごなしもかねて、大人の修学旅行の続き、新京極を目指して歩きました。

久しぶりの新京極、ほんとに何年ぶりでしょう。
通りの両脇には今風のおみやげ物屋さんに埋もれるようにしてお寺がいくつもあって、おんな不思議な景色が東京から来た彼女にはとても面白かったようです。

寺町ができた由来を話しながら、あたりのお店をのぞいて、四条に突き当たったところで今度は寺町を上がっていきます。

途中で見つけたガラス細工などを置いてたお店の入り口。



わかりますか?
小さなガラスで作られたお人形などが埋め込まれています。



お店の入り口、踏むのがためらわれます。
中に入ると女性がいかにも好きそうなガラス小物がいっぱい!
一つ一つ手に取りながら、私が買ったのは




ぶたさんが小さな赤いハートを持って風船にぶら下がっています。
家にあったガラスの器にちょうどぴったりなサイズ(高さ5センチに満たないほどです)でした。

寺町から錦小路を抜けて、さつま揚げやら出し巻きやらお漬物を見て回りました。
「東京まで、保冷剤入れたら保ちますか?」


烏丸までぶらぶらと歩いて、地下鉄で京都駅へ。
伊勢丹の地下で今度は和菓子などを買って、両手にいっぱい荷物を持った彼女は改札の向こうへ、笑顔で去っていきました。

気がつけば、あっという間の一日。
楽しい時間をありがとう。
そう、メールを送りながら私も家路に着きました。

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