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記憶の中で生きている科白
2008/08/23(Sat)
睡眠が足りているわけじゃないのになぜか眠れない。
ベッドに入って音楽を聴きながら軽いエッセイを読んでみたけれど眠ることをあきらめて結局、PCの前に座っているのです。
目は手にしている本のうえにあるのに、ちっとも頭に入ってこない、ただ書かれた文字の上を滑っているだけ。
気がつけば外で朝刊を配達するバイクの音がしています。

寝室の壁にはCDラックがあって


きっと夜中に大きな地震が来たら私はCDに埋もれて発見されるのでしょう、
連れ合いは職場の研究室にまだこれと同じくらいCDを隠し(笑)持っていて、いったい彼がリタイヤしてあのCDたちが我が家に帰ってきたらどうなるんだろう、という不安は、時々胸をかすめるものの、すぐに頭をぶるぶると横に振ってそんなことは考えないことにしています。

高校生のころ、好きだったアーティストのベストアルバムを買った私に、当時すごく仲良くしていた友達が「サボったらあかん」といったことを今でも妙にはっきり記憶しています。
「サボったらあかん」
つまり、いいところだけをつまみ食いするような聴き方・買い方をしないでもっと本気でそのアーティストに向き合え、ということを言われたのです。

これまで生きてきた時間の中で、心に強く、印象深く残っているシーンや言葉はいくつかあって、私の場合、そのときの事が後の生き方に少なからず影響を与えていたりするのですが、多分、そういう風に私に言ってくれた友達はそんなことを言ったことすらもう覚えていないのかもしれません。


今夜(と、言ってももう昨夜になってしまったけれど)とその前の夜と、二晩続けて外に出ていました。
昨晩は前の職場の上司と、そして今夜は同じく前の職場の仲間たちと。
同じ社の人と2日続けて、という予定になったのは全くの偶然の結果ですけれど。

大阪で映画関係の会社に勤めていたとき私はラッキーとも思えるほど上司に恵まれていました。
学生が先生を選べないのと同じように会社においては上司を選ぶことは部下にはかなわないことです。
当時、上司との折り合いが悪くて会社を辞めていく人を何人も見ながらいつも(私はなんて恵まれているんだろう)と思ったものです。

入社して数ヶ月、ある時、部署を変わって仕事しないか、と声がかかりました。
関西に出来たばかりの、西日本を統括する本部
そこの総責任者として着任された本部長の秘書をやってみないか、というお話でした。

何をどうしていいのかもわからないまま走り出した私を最初のボスは根気よく仕込んでくださいました。
いくつかの失敗をしながらもなんとか格好がつき始めたころ、発令が出て新しいボスがやってくることになりました。
昨晩食事をご一緒したW氏は、2番目に私が付かせていただいたボスでした。
私が出会った中でもっとも人間として尊敬でき、仕事とはどういうことか、を教えてくれた人でした。
今、東京とUSの本社を行き来しているW氏は関西へ仕事でこられると今でも都合がつく限り声をかけてくださいます。

実は1ヶ月ほど前から、以前に勤めていた会社のある事情から、「出戻ってこないか」というお話を頂いていて、
都合のつく限りでいいから出てこないか、というありがたいお話に、中途半端な気持ちで出戻ったら結局は迷惑をかけてしまうことになるから、と断りを入れていたのです。

多分、そのことを気にかけての「久しぶりに食事しましょう」とのお誘いだったのでしょうけれど、あからさまに「どうなの?」と問われることもなく、お互いの近況や元の職場の仲間の話などで楽しい夜になりました。

このW氏が昔、私に言ってくれたことがありました。
「また会いたい」と思われる人になりなさい、と。
いい人でなくてもいい、くせがあってもいい、失敗があっても、完璧でなくてもいい、
出会った人からまた会いたいと思ってもらえるような顔(生き方)を持ちなさい。
すごく難しい宿題を、一生かかる宿題を、私がどれだけ出来ているか、
それを確認するためにW氏は昨晩みたいに時々声をかけてくださるのかもしれません。

ボス、私は「また会いたい」と思っていただけてますか?
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消えていく
2008/08/19(Tue)
美味しいズッキーニ、トマト、きゅうり、加茂茄子
冷蔵庫の中身をみて、昨夜はラタトイユを作ることにしました。

オリーブオイルでにんにくを炒めて野菜を炒めていたとき、(あっ、白ワインがない・・・・・・)

ないわけじゃないんです、封を切っていないのが1本。
でも上等すぎて、とても料理に使えそうにない。

ダメもとで、連れ合いに尋ねてみました。

「白ワイン、ないんだけどどうしよう?日本酒で代用しようか?」

すると隣室から
「コンビニに行って買ってくれば?」

「お食事、その分遅くなるよ。」

「いいよ、遅くなっても美味しいほうが。」

で、自転車に乗ってひとっ走り、一番近いセブンイレブンへ。

店内に入ってなにか違和感。

棚が・・・  からっぽ・・・

へ???

あわててお酒がある棚へ。
ほっ。。。よかった、
メルシャンの白ワインがぽつんと、焼酎の小瓶の隣に立ってました。

急いで手にとってレジへ。
見渡すと店内にあるのは私が見た焼酎のほかに、アイスが少しと缶コーヒーくらい。

お金を払いながら
「あの・・・ 閉めるんですか?」と訊ねると明日閉店です、との返事が返ってきました。

ちょっとびっくり。
一番近いからなにかのときには便利がよかったのになぁ・・・

京都市地下鉄と市バスのターミナルのある北大路から我が家はすぐ。
生活するのはとても便利なところです。

大きなスーパーが徒歩圏内に2つあるし、コンビニだって歩いて10分くらいの円の中にローソンが3軒、セブンイレブンが2軒、ファミリーマートが1軒、デイリーヤマザキ(これって全国区?)が1軒、あります。
いいえ、ありました。

8月の始めごろ、北大路堀川のローソン(セブンイレブンと隣り合わせ)が閉店しました。
その少し前には北大路新町のローソンがいつの間にかしまってて、(へぇ~、ローソン、また閉まったんや)と思ってたら堀川のお店と同時に烏丸北大路下がるのローソンも閉店してしまいました。

ローソン、北大路近辺からは全部撤退するんだなぁ、と思って矢先のセブンイレブンの閉店です。

堀川も、烏丸も、ローソンとセブンイレブンはどちらも共存してるように見えたんですけど、内情はしんどかったんですねぇ。

ガソリンの値上がりで物流に経費がかかって割が合わなくなったのか、
理由はわかりませんが、あまりにも短期間に近所のコンビニが次々姿を消していくのでほんとに驚いています。

そういえば、お盆の時期には毎年外まで行列が出来ている、近くの「まわるお寿司屋さん」も、今年はガラすき。

やっぱり景気悪いのかなぁ。

大きな家電専門店やデパートは人だらけで、
手の手にショッピングバッグを提げて何やら買い物してるのに。


さて、
お盆前、今年も食べてきました。

古の花」のカキ氷。

何度もしつこいようだけど、ほんとにここのは美味しい。
皆さん、だまされたと思って一度食べてみてください。

氷が、パウダースノーのようにさらさらにかいてあって
蜜も本物の味。

桃は、上等の甘い桃だけを使って、




抹茶も香り高く、白玉は作りたてでまだほんのり温みが残ってるほどで羽二重のように柔らかい。




この夏が行ってしまう前にもう一回いかなくちゃ!





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五山送り火
2008/08/16(Sat)
午後からの雨で少し心配しましたが今年も送り火をみることができました。

夕食の後片付けを済ませて、髪を簡単に結え、ばたばたと浴衣に着替えて、賀茂川の河原まで歩いていきました。



うちから一番近い賀茂の河原からみた大文字です。
小さなデジカメの画像で、しかもちょっと手振れしてしまいましたけれど雰囲気は伝わるでしょうか?

午後8時にこの「大」の字に火が点され、10分後に、松ヶ崎の裏にある「妙」と「法」
そのまた10分後には舟形。



北大路で大文字を見て、その後北山に向かって川の西側の土手を歩いていくと途中で東に妙法、北に船形、西に左大文字を見ることができます。

左の足が長い「大」の字以外は、歩いての移動だと全景を丸ごと見ることはなかなか叶いません。

川沿いの木々や付近の建物にさえぎられて、ところどころをみるだけです。

上の画像の船形も賀茂川の桜の間から見え隠れしているのを撮ったものです。

そして、私の住む場所からは決して見ることの出来ない鳥居形。
嵯峨野あたりに行けばきれいに見ることができるそうです。
けれどそうしたらほかの4つの文字は見ることが叶いません。


今夜、京都の町でいろんな人がいろんな思いを抱えて送り火を見つめ、
それぞれの心に何かを刻んだかもしれません。

今年も無事にお盆を迎え、いく夏を送ることが出来る、そのありがたさを
忘れないようにしたい、
そんな気持ちでいる今夜の私です。

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今日は五山の送り火
2008/08/16(Sat)
お盆で実家に帰っていました。
連れ合いはこの時期、毎年、ある国家資格試験の採点の追い込みにかかっているので私一人が実家で骨休め。

の、はずが、生まれ育った家なのにいつの間にかそこは「両親の家」になっているんですね。
かつて自分が寝起きしていた部屋は今もそのままにあるし、私は一人っ子なので実家に帰っても両親以外、だれか新しい家族が増えてその家に住んでるわけでもない。
なのに、どこかが、何かが違う。

実家を出て長い時間が過ぎた、その間に、母が台所の使い勝手を変えていたり、以前はここにしまってあった、と言うものが見つからなくて両親に聞かなければ収納場所がわからなくなっていたり。

寝具が普段使っているものとは違っているのもなんとなく自分を「よその人」と感じる大きな要因かもしれません。
枕の高さが微妙に違っているせいで熟睡出来ず、両親にはいえないけれど(早く家に帰りたいなぁ)とついつい思ってしまいます。

実家で暮らす愛犬「空(くう)」です。





私が今実家に帰る一番の理由はこの子に会うのを楽しみにしているからかもしれません。

「送り火やから」
と、早々に実家を後にしましたが、今、京都は雨。
なんとか点火時間の8時にはこの雨が上がってくれますように。
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いざ、東京 ― おまけの話。
2008/08/13(Wed)
「なんでそんな靴履いてきたの?」
困惑顔の連れ合い。

東博で、「対決」展を見終わったころから足が痛くなってた私。
本館や東洋館を見て回るうち我慢できなくなっていました。

「足、痛い・・・」
ちょっと心配そうに私の足元を見やる連れ合い。
で、冒頭のせりふ。

紫「ほーれ!9センチヒールやで!」
連「だから・・・ なんでそんな靴履いてきたの?」
紫「だって!☆"!∥~×〆★#※∽†∂ΩΦωж┨・*!!!」

だって、の後、その靴を履いている正当性を自信いっぱいで連れ合いに説明したのです。

今回の東京行きはまず、連れ合いが仕事で朝早い時間ののぞみに乗ったことから始まったのですが、その時、二人分の荷物の入ったトランクは連れ合いが持って出てくれていたので後から追っかける形の私は小さなハンドバッグ一つを持つだけの軽装で出かけたのです。
その日、例の日本橋のフランス料理のお店を予約していたこともあって、ちょっとおしゃれな洋服で、靴もそれに合わせてヒールの高い、(9センチ)しかもこの日がおろしたてのサンダルにしたのです。
私は女性にしては背が高いほうなので9センチヒールを履くと少しスタイルよく、痩せて見えるかもしれないんだもん!

家を出るとき、一瞬、(明日の美術館めぐりはこの靴ではきついかも・・・)という思いがよぎったのですが、まぁ、大丈夫でしょ、と勝手に決め込んで替えの靴は持たずに出たのでした。

「トランクに替わりの靴を入れとけばよかったのに。どうせ僕が持ってくるんだったんだし」と言ったけれどももう後の祭り。

それでもなんとか館内を一通り見て回りました。

東博を出るころには痛みは限界に。

「痛い!もう歩かれへん!」
「大丈夫?少し休む?」
「替わりの靴、買う!」
「じゃあ上野駅まで一回戻ろう」

連れ合いの後ろを遅れながらゆっくりゆっくり歩く私。

連「大丈夫?」
紫「大丈夫なことあらへん!私は今、人魚姫や!」
連「意味、わからないんですけど・・・・・・」
紫「人魚姫は魔法使いのおばあさんから尾びれが足になる薬をもらうとき、『この薬を飲んだらお前は一歩歩くごとにナイフで刺されるような痛みを感じることになるぞ』っていわれるねん!今の私は人魚姫や!」
連「ここで座って待ってる?僕が靴買ってこようか?その代わり多少気に入らなくても我慢してね」
紫「こんなとこ(上野公園内の草むらの中のベンチ)にずっと座ってたら薮蚊にさされるぅ!それにきっとあなた一人で買いに行っても私の足に合って痛くなくて今日の服装にも違和感のない靴選ぶのは無理やわ」

立場が逆だったら、きっと私は
「しらんわ、自分がわるいんや、そんな靴履いてくるから」と言ったことでしょう。
けれど、私と付き合ううち人間が大きく包容力が出来た連れ合いは、
「ゆっくり行こうね、もうちょっとだからね」と。

上野駅に着いて地下街で靴屋さんを探そう、と提案する連れ合いに「どこにあるかわか
らん靴屋さんを探すのはイヤ!」とごね、痛い、痛い、といいながら結局、駅のそばの
マルイの靴売り場で比較的納得できる靴を見つけてその場で履き替えました。

さっきまでのとぼとぼ歩きとはうって変わってすたすた歩き始めた私。
少し後ろの連れ合いに向かって
「形勢逆転!おーっほっほ」と笑うと
「ずーーーっと君が威張ってるやん、形勢逆転の意味がわからへんわ」とあきれ果てた
ような連れ合いの顔がありました。

私は歩く早さが逆転した、って言っただけなのになぁ。

ずっと長いこと、かかとの高い靴履いて、カツカツと小気味良く靴音響かせて仕事して
来てたのに、仕事をやめてのんびりと過ごしているうちに私の足の裏の筋肉はすっかり
甘やかされてしまっていたようで、自分で思う以上にかかとの高い靴に耐えられない足
になってしまっていたことを気がつかずにいました。

帰りの新幹線は、東海エクスプレスのポイントが溜まっていたおかげでグリーン車。

「やっぱりグリーンやとゆったり出来るねぇ、もう、これからは新幹線はグリーンやな」

「今回はタイミングよくポイントが溜まってたからだよ、いつもこうとはいかないよ」
という連れ合いの困ったような声は耳に入らないふりをして

「いや、もうこれからはグリーンやろっ!それにしても楽しかったねぇ (^。^) 」と元気よく帰路についたのでした。
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いざ、東京―Ⅲ
2008/08/13(Wed)
東京国立博物館を一通りみて回ってから、諸事情のため(って、原因は一つだけでしたが)いったん上野駅まで戻り、再び公園内の、今度は東京都美術館へ。

この日が初日のフェルメール展。
ちょうど美術館に到着した午後2時ごろ、館内の講堂で記念シンポが開催されていたのですが当然の事ながらすでに整理券はなくなっていて入場は叶いません。
が、このシンポジウム開催時間とほぼ同時に鑑賞したのが良かったのか、会場内は予想していたほどの入場者数ではありませんでした。

相当な混雑を予想していたのでちょっとラッキー!

フェルメール展、と冠しながらもオランダの都市デルフトで花開いた画法を用いた作品がこれだけ多く日本にやってくるのはやはり稀有なことでしょう。
あの独特の雰囲気が会場全体を一つのトーンに纏め上げていました。

単独でみればきっとほかの画家たちの作品はどれもこれも素晴らしい、けれど、今回はフェルメールを見るための助走、という印象でした。
カレル・ファブリティウスの『デルフトの眺望』は、複製画を壁に掛け、近づいて片目をふさいでそのマジック(遠近手法)を体験することが出来たのは面白い企画でしたし、その構図や描かれた部屋が同じ場所と推測されることからフェルメールと比較されることの多いピーテル・デ・ホーホの作品は実物を見るとやはり非常にフェルメールに近いものを感じました。
絵の具の色、全体の構成、光の取り入れ方など、類似点が多くフェルメールと同時代に製作をしていたことなど考えるとこの透視画法がフェルメールに大きな影響を与えた、と言われるのも納得でした。
ただ、画家としての力量はフェルメールのほうが断然大きかった、と言うことなのでしょう。

今回の展覧会にやってきたフェルメール作品は過去最高の7点。
うち、5作品は日本初公開です。
当初出品が予定されていた『画家のアトリエ・絵画芸術』は残念ながら取りやめになってしまいましたけれど、これは4年前、神戸で見ることが出来たし、急遽やってくることになった『手紙を書く婦人と召使い』のほうは私にとっては初見なので嬉しいことでした。

フェルメールの作品の見せ方もなかなかに工夫されていて、作品が展示されている反対側の壁にその作品の注目すべき細部を拡大したパネルがいくつも展示されていて、細かい解説がされていたのです。
作品を見て、解説を読み、その知識を持った上でもう一度作品を見る、ということが7作品の全てで出来ました。

『ワイングラスを持つ娘』




ワインを勧められる娘の表情は当惑し、まるでこちら側で見ている私に対し「どうしましょう、困ったわぁ、でもわたしまんざらお酒が嫌いじゃないのよ」と言っているようで人間臭いその目つきが面白いと思いました。
ただ、TVや印刷物で見ていたのよりずっと色彩があせてしまっていて全体的にかせた印象だったのが残念でした。

『ヴァージナルの前に座る若い娘』




長い間、その真贋が問題になっていた作品です。
かなり大きな絵、と勝手に思い込んでいましたら実物は下敷きくらいの大きさで、第一印象は(なんだか大きな絵のこの部分だけを切り取ったみたい)でした。
度重なる修復で本来の輝きを無くしてしまい全体の印象が変わってしまった、と今回「真作」としての来日です。
見た方がそれぞれにどう感じるかは個々の問題ですし、私は専門家でもなんでもなく、なんの知識も持ち合わせませんが、ほんの少し違和感が残った、とだけお知らせします。

『マルタとマリアの家のキリスト』



初期の作品で今回の絵画の中でも大きな作品でした。
かいがいしく働くマルタが何もせずただキリストの足元に座り込み話を聞いているだけのマリアをなじった時、キリストが、大切なことは一つしかない、マリアは良い選択をした、と伝える、宗教的な意味を持つ場面を描いたものです。
私はマルタのこの不服な気持ちがわかるような気がします。
見返りを求める気持ちで人に尽くことはそもそも意味のないことかもしれませんが人間と言うものはそんな風にすっきりと割り切れるものではないと思うのです。
マルタの着るブラウスの袖の白がキリストの顔に映えてきれいだったのが印象的でした。

『リュートを調弦する女』




これはねぇ・・・ 保存状態がいま一つで残念でした。
もともとはきっとこの女性の着ている洋服の黄色やリュートの黄土色、テーブルの上の楽譜のような紙の黄色などと窓にかかったカーテンのブルーがきれいだったろうに、それを今見ることがかなわないのはもったいない。

『手紙を書く婦人と召使』




個人的には今回見た中で一番印象的な1枚でした。
鮮やかな画面、みずみずしく残っている色、女主人の帽子やブラウスの白が光に映えて輝いて見える様子、そばに立つ召使のなにやら気がかりな表情。
召使のエプロンにほんの少し配されたブルーと窓の飾りに施されたステンドグラスらしきブルーが全体を引き締め女主人が画面から浮き上がるような効果を出しているようでした。

美術館から上野駅へと向かう道で、連れ合いが「あの召使はきっと夫人が愛人への手紙を書いている最中に主人が戻ってこないか窓の外を見張っていたんだよね」と。
あぁ、そういう見方もあったか、と私。
私の印象は、
この召使は女主人の手紙をどこかに持って行く、そのお使いのついでに自分の恋人とつかの間の逢瀬を楽しむことが出来ないか、と外の様子(もしかしたら外にその恋人が待っているのかも)を気にしている、という風だったので。

どちらが正解か、どちらも見当はずれなのか、
いずれにしても充実した時間を過ごせた展覧会でした。

一つ思ったこと。
会場全体の女性の入場者の割合が非常に多かった。
やはりフェルメールは女性に好まれる画家なのでしょうか。
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いざ、東京―Ⅱ
2008/08/11(Mon)
さて、今回泊まったホテルはホテルにもかかわらず大浴場がありまして、朝早くから開いているようでした。
せっかくなので夜はもちろん大浴場で気持ちよく手足を伸ばしました。が、
翌朝は博物館への入場の列に並ばねばならぬはずで(スムーズに入場できればそれに越したことはないのですが)きっと汗が噴出すことになる、と朝風呂はあきらめました。

9時半会場の東京国立博物館。
9時前に上野駅前に行くとすでに大勢の人が公園の方面を目指して歩いていきます。
負けてはならじ、と進んでいくと正面の門のところにはすでにトグロが2重くらいにまいています。
それでも予想したよりはまし、と待っている間に周りの人物観察。
どうやら最近は若い男の子が浴衣や和服を着て歩くのが流行っているのか、なかなかにセンス良く着こなしている若者がちらほら。
もちろん、和服姿のご婦人も。
そうこうするうち、開場の時間に。

まずは今回の一番のお目当て、『対決 巨匠たちの日本美術』へ。
平成館で開催中のこの展覧会、これまでに見たことのある作品も多く出ていてそれはそれで再会が楽しみなのですが一番見たかったのは曽我蕭白の「群仙図屏風」でした。
うかつにも2005年春、京都で開催された曽我蕭白展を見逃していたのです。





例えこれ1点見るためだけでもどこへでも行きたい、そう思って機会を待っていたところの今回の対決展です。
2005年の蕭白展のときのキャッチコピー「円山応挙が、なんぼのもんじゃ!」そのままの勢いで会場内でひときわ異彩を放っていました。
今回の展覧会では応挙はその弟子、芦雪との対決、蕭白は、辻惟雄先生の名著「奇想の系譜」の中でもともに取り上げられることの多かった伊藤若冲との対決です。

『群仙図屏風』
何度もTVの画面や図録では見てきた作品です。が、やはり本物の前に立つと迫ってくる迫力が全然違いました。
鮮やかな色彩、異形の者たち、蕭白という人物がもし今の世に生きていたらそれはそれは相当変わった人物で、なにかの間違いで友達付き合いしなければならないとなればこちらが疲れ果てたことでしょう。数百年の時を越えてこんな風に彼の作品だけを見ることができるのは本当に運が良かった(笑)
それにしても、その時々でまるで思いつきのように自らの肩書きを変え、大法螺を吹いて「我は、かの○○の子孫の○○である!」と言う風に自署を入れているのには笑ってしまいました。

初めて見る作品ももちろんいくつかありましたけれど、大抵は幾度目かの再会、という作品で、そういう意味では肩の力を適度に抜いて、楽に「久しぶりですね」と心の中で話すような気持ちで会場内を回ることが出来ました。

芦雪の虎の襖絵も、そう。
永徳の檜の屏風もそうでした。
タイミングが合わなくて俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を見ることができなかったのはちょっと残念。 でもこれはきっとまたそのうち再会できる、そんな気がするのでよしとしましょう。

長次郎さんと光悦さんのお茶碗の対決も面白かった。
先日、名古屋の博物館で「乙御前」と並んでみたばかりの「時雨」が今回は単独で出品されているのがなんだか寂しそうで思わず(今日はお一人ですか)と話しかけそうになりました。

予想通り面白い企画、と満足して会場を後に、次は本館へ。

先日、クリスティーズのオークションで真如苑が落札した『運慶作』と言われている『大日如来坐像』が9月半ばまで特集陳列されているのをぜひみたかったのです。

照明をぎりぎりまで落とした展示室に大日様は静かに座っていました。
鎌倉仏師の作にしては目元が穏やかで優しいのが意外に感じましたが、その優しい目の奥の深いところで慈悲の心を持っておわす、という印象でした。
保存状態が良かったのか、全身に黄金の色彩をまだしっかりと残していて、テレビで見たときにはもっと大きな仏様かと思っていましたが実際には人の上半身くらいのお姿です。
同時期のやはり運慶作と伝えられるもう一体の大日如来様と並んでの陳列で、栃木県の光得寺さんが所蔵されるこちらの大日さんはもっと小ぶり。
坐像のお姿で高さ50センチくらいでしょうか、その隣には御厨子も公開されていましたが見事なものでした。
今回落札され、海外への流出を免れた大日様、私のような素人が見ても言いようのない素晴らしさ、厳かさで、よくぞ日本にとどまってくださった、というのが正直な印象でした。
いつまでもその前にたたずんでいたくなる仏様の一つでした。

そのほか特集陳列では京都・六波羅蜜寺さんからお地蔵様やお薬師様、平清盛さんもご出陳になってまして、「はるばる京都からご苦労様でございます、大変ですねぇ」とお声をおかけしたり。

本館をぐるりと全フロアみて回るだけでも疲れ果ててしまいますが、ましてや平成館での特別展を見た後でのことで、その上、せかっくだから、と東洋館にも入場して。

ここでごちゃごちゃ色々あって、その後フェルメールを見に東京都美術館へ移動することになったのですが。

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いざ、東京
2008/08/10(Sun)

8月最初の週末、東京へ出かけてきました。

金曜日、連れ合いは朝早くに東京での仕事に間に合うようにと出かけていきました。
連れ合いの本職は京都にありますが、その関連で東京での仕事を依頼されることが多く、重なる時期には週に3度ほどものぞみに乗って京都と東京を日帰り往復することがあります。
いつもはおとなしくお留守番をしているのですが、今回、どうしても見ておきたい展覧会があり、しかもその展覧会が関西方面に巡回してこない、と言うので私も東京へ出かけていくことにしました。

連れ合いの仕事が終わる頃に東京へつくのぞみに乗るつもりで支度をしていると「予定の会議があっという間に終わってしまったよ」との連絡。
あわてて京都駅へ向かいました。

夏休みの金曜日、案の定、混み合っているらしく一番早いのぞみは3人席の真ん中しか開いていません。
グリーンにしようか、と一瞬思ったものの、わずか2時間あまりのこと、もったいない、と1本待って3人席の通路側が取れたのでそれに乗り込みました。

車内は満員、試合に向かうのか、おそろいのユニフォームを着込んだ学生さんたちのにぎやかなおしゃべりや泣き叫ぶ赤ちゃんの声、
私の指定席の隣には小学生らしき少年二人。
最近人ごみに出ずに過ごしている私にとってはいるだけで疲れてしまうような新幹線の中。
やっと東京駅に着いたら時間つぶしに散髪してきた連れ合いが笑って立っていました。

連れ合いの予定が思いのほか早く片付き夜のお食事を予約している時間までまだ間があるので八重洲北口の大丸へ。

関西が本拠地のデパートだからか、それとも東京のデパート全体が今はそうなのか、
お菓子売り場を歩いてみてもなんだか京都にいるみたい。

「なんか『東京のお土産』探すのが難しそうなデパートやねぇ」といいながらぶらぶら。

京都や神戸の和菓子・洋菓子のお店ばっかり目に付きます。
お花の水遣りをお願いしているお向かいさんになんとか東京っぽいお土産をGETして、時間もころあい、タクシーに乗って出かけたのはフランス料理の『IKH HUREE 日本橋


初めてのお店ですが評判が素晴らしかったので、行くならここ、と予約を入れていたのです。

ちょっとわかりにくい路地を入ったビルの二階。
隠れ家的雰囲気のレストランです。


今日の記事内にUPした画像は全てお店のHPからお借りしました。
いけないことかもしれませんが、皆様に雰囲気をわかっていただきたい、と思いまして。

ディナーはいくつかコースがありましたがシェフにお任せしました。

あまりにも素敵な雰囲気と行き届いたサービスに画像を撮るのは失礼、と今回はカメラを持ち出すこともせず食事を楽しむことに専念しました。



アミューズから始まって冷菜・温菜・スープ・魚料理・ソルベ・肉料理・デザート・お茶とお菓子のコース。

 






画像と似たようなお料理もありましたし、このほかにも次から次へとそれはおいしいプレートが目の前に並べられました。

何をどう説明すればいいか。
ここ数年で食べたお料理の中で一番、と思いました。
かりっと香ばしく焼かれた新鮮な魚、 ジューシーで全くくさみのない芳醇なラム。
シェフがこだわって契約した農家から届けられるという野菜の数々。

気持ちのよいサービスにタイミングよく出てくるお料理。
何をとっても満点のお店でした。

食事を終えるとシェフがお店の外まで笑顔で送ってくれました。
今度東京で食事をするときにも絶対ここで、と話しながらタクシーに乗ってホテルへ。

満腹のおなかですぐにはシャワーを浴びるのも苦しいほどでした。

いよいよ翌日は美術館めぐり。

楽しみなのは、東京国立博物館で開催中の「対決  巨匠たちの日本美術」、そしてクリスティーズで真如苑が落札して話題になった大日如来像 、そして東京都美術館で開催初日の「フェルメール展」
時間と体力が、最後まで持ちますように


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久しぶりの友は
2008/08/06(Wed)

先日来、ここでお話してきたプチ同窓会。

暑さにも負けず、学生時代みんなでよく遊びに行った三ノ宮(兵庫県の神戸市)で再会を果たしました。
5人で会うはず、が、待ち合わせ場所に集合したのは私を含め4人。
広島で教師をしている友人は実家のお父さんが危篤、ということで急遽欠席ということになりました。

高知から、城崎から、
京都組の私ともう一人以外の二人は往復7時間~8時間の移動です。
一番長くあっていない友人とは12年ぶりでしょうか、
けれど、学生時代の仲間の特権、会った瞬間に、あの、はじけるようなまぶしい時間に戻っていました。

ランチを予約したお店はフランス料理の「グロワール
全員が初めてのお店で、ネットで評判を調べたのです。

お料理の画像を撮ることも忘れるほど話に花が咲きました。

なんとなくばらばらでは近況を知っていても全員がそれぞれに報告するのはほんとに久々の事だったので。

子供の成長、夫婦の関係、仕事の悩み、あの頃の思い出。
誰かが覚えていて、誰かが忘れていること。
まるでジグソーのピースを一つ一つはめ込んでいくみたいに記憶を手繰り寄せて
「そんなこと、あったねぇ」とその度に笑ったり、しんみりしたり。
一緒に旅行したときの失敗談や、好きだった人の話。
一人の下宿にみんなで押しかけて夜中まで騒いでいて下の部屋の人に怒鳴り込まれたこと。

思い出はとめどなく次々とあふれてこぼれていきました。

「実は今回、来るのを随分悩んで一時はやめようかとも思っていた」と私がいうと
「どうして???」といっせいに突っ込まれ、実は、と 急激に太ってしまったこと、みんなにこんな太った私を見せたくなかったこと、などを話しました。
「ちっとも変わってないやん」
そんなことあるわけないのに、友達って優しい。。。。。。
ん?! それって私が昔から太ってた、ってことかいっ!
と、つっこみいれつつ、ふと気がつくとお店に入ってから3時間半が過ぎようとしていました。
あまりにも楽しくて、おしゃべりに夢中で時間も気づかずごめんなさい、とお店のお人にお詫びすると、気持ちのよい笑顔で「いいえ、ありがとうございます」と返事が返ってきました。

せっかくだから、とランチメニューの中で一番の贅沢をして、飲める人はワインを頂いて、全体の雰囲気も、料理の味もスタッフの対応もすごく素敵なお店でよかったね、と外に出ました。

高速バスで高知へ戻る友人のバスの時間まで、バスターミナル近くの「Shin」でお茶をして(ここのケーキが私は大好き)、見送り、城崎へ帰る友達の乗る特急列車の時間までデパートでお土産をあれこれと選んで、三ノ宮駅で3人が手を振って別れたのは6時半でした。

今度はきっと5人で。
出来ればこれからは毎年1回会おう。
幹事は回り持ちでね。

と約束して。

翌日、高知の人がこられなかった広島の友人に様子を話そうと電話したら友人のお父さんは私たちが会っていたまさにその日、お通夜だった、と知らされました。

おしゃべりに夢中になっていたとき、ひとりがポツリと話したこと。

「みんな別々の人生をいきているんやな」

当たり前のことだけど、
毎日を一緒に過ごしていたときにはこんな風に別々の道を歩む日のことなんて考えもしなかった私たち。

来年の再会は一泊で温泉へ、という話もでました。
1年あればダイエット、こんどこそ頑張れるかも、しれません。

 

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