安宅英一の眼
2007/09/21(Fri)
やっと、
やっと行ってきました、東洋陶磁美術館で開催中の「安宅英一の眼」展。
会期が9月30日まで。
もう、ぎりぎりセーフ!って感じでしょうか。

何をどう書けばいいのか

あまりにも素晴らしい器の数々に、ただただため息とともに立ち尽くすばかり。
一部、中国のものや日本の物もありましたが、大半が朝鮮陶磁、
それも超一級品ばかり。

目に入るものすべて、
じっと食い入るように見つめて動く事ができなくなるような素晴らしさでした。
個人的に、朝鮮陶磁が大好き、ということもあるのでしょうが、
久々に、展示品のすべてがずしんと見応えある展覧会でした。

日ごろ展覧会に出かけると、展示物の中から、自分の中に飛び込むように入ってくる作品は数えられるほど、ということも多いのですが、
そしてそれは、けして展示作品の質の問題ではなく、自分自身の琴線とその作品の持つ何かが響き合うかどうか、という問題なんですけれど、
安宅英一氏が収集された器の数々は、どれもこれもあまりに素晴らしすぎて、
一つ一つをじっくり見ていたくて、
展示室の途中で精根つき果てそうになり、思わず「勘弁して下さい」と口から出てしまうほどでした。
それくらい、正面切って向き合いたい、じっくり心で語り合いたい焼き物が
次から次へと並べられていて、

真に美しいものと対峙する時、こんなにもエネルギーを必要とする、ということを今さらながら突きつけられたそうな思いでした。

それにしても、安宅氏のコレクターとしての「眼」の確かさ、
手に入れる事への執念、
自分が惚れ込んだものに対する情熱、というのはすさまじいものがありました。

いくつかの陶磁器には、それを手に入れた時のエピソードがつけられていたのですが
それを読むと
(あぁ、こんな人に見込まれてしまったが最後、持ち主は泣くしかない)と思わせるような
わがままさのようなものでさえ微笑ましく感じてしまいます。

それはきっと、「何がなんでも欲しいんです」という、子供のような、他人の思惑の外にある部分と、
自分の眼の選び取ったものを手元に置き、愛で、いずれ、安宅コレクションとして、その真価を世に問うのだ、という信念との、
相反するように思える二面をあわせ持つ一人の偉大な実業家の、財力と、美的才能と、人物そのものの魅力に惚れた人々が、取り巻いて存在したからこその偉業でもあったのでしょう。

安宅産業はやがて傾き、消滅する運命をたどるわけですが、
安宅氏が収集したコレクションの価値を正しく理解し、散逸させることなく丸ごと引受け、
大阪市に寄贈した住友グループの企業姿勢もまた素晴らしい。

何がひとつ欠けていても、今私たちがこのコレクションにこんなふうに接することはできなかったわけで、
こういう素晴らしい機会に恵まれたことを幸せだ、と
心から思えた、展覧会でした。

本当は魅入られてしまった陶磁器の一つ一つについて熱く語りたい、という気持ちもあるのですが、いまはまだ、あの会場で受け取ってしまったオーラに、自分がついていけていないようです。

一つ、
あまりに当たり前な事ですが、
そこには、命を持っているものが発する、
向かってくるような、
触れがたい高貴さを持っていたり、息づいている、
本物だけが持つ、独特の空気がありました。

たとえ、これらの陶磁器が安宅氏の手元にあった時でさえ、それらは安宅氏のものでなく、
誰のものでもない、
侵しがたいものなんだ、と感じました。

この記事のURL | | CM(4) | TB(1) | ▲ top
<<美麗 院政期の絵画展と、東大寺 | メイン | 三連休の真ん中>>
コメント
-  -
確か岡倉天心の言葉だったと思うのですが、
「芸術は人と自然が一つに交わる時の事」
と云うような意味の事を昔、読んだ事があります。
又、私は写真が好きなのですがアンセル・アダムスという
写真家が後年、高い評価を受けた自分の作品の話しで
「シャッターをきるその時を神が教えてくれた」と
語っています。
器の事はよく解りませんが、京むらさきさんが優れた作品に出会った様子は
人智を超えた世界にあなたが足を踏み入れた瞬間なのかも知れませんね。
今回の記事は芸術を本当に理解する人のひたむきさが文章からひしひしと伝わって来ました。
ちょっとビックリ(笑)、又、楽しい記事も愉しみにしています。
(ちょっとComent長過ぎたかな?)
2007/09/23 13:07  | URL | aki #-[ 編集]
-  -
こんばんは
本当に素晴らしい内容でした。
今まで「好き」とだけでみつめていた作品たちの出自・流転の物語を知ることで、いよいよ愛情が深まりました。
本当にいい展覧会だったと思います。
地元民のくせにもっと早く行くべきだった、と反省です。
2007/09/23 21:46  | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
- aki さま -
こんにちは。
コメントありがとうございます。

「芸術は人と自然が一つに交わる時の事」

深い言葉ですね。きっとそうなんですよね。
久しぶりに疲れ果ててしまうほど素晴らしい焼き物たちを前にして、あの器たちが見てきた長い時を思って自分があまりにもちっぽけで、一瞬を生きているに過ぎない、と痛感しました。


2007/09/24 17:59  | URL | 紫 #-[ 編集]
- 遊行七恵 さま -
伊藤館長のコメントが、この展覧会にとって大きな役割をになっていたように思いました。
図録に掲載された氏の論考も非常に面白かったですね。
安宅英一さんのような「パトロン」が存在する事がこれからもどんどんでてきて芸術家たちを育てて下さる事を願ってしまいます。
そして、その恩恵に、私も預かりたい!
2007/09/24 18:05  | URL | 紫 #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://artkyoto.blog104.fc2.com/tb.php/67-ddf28388

安宅コレクションを観る
安宅英一の眼 安宅コレクション・美の求道者 そう題された展覧会を東洋陶磁美術館で見た。 わたしがまだ少女の頃に、世界的に有名な安宅コレクションの東洋陶磁を一括購入した住友グループの寄贈でこの美術館が建ち、それから四 …
2007/09/23 21:39  遊行七恵の日々是遊行
| メイン |